「フランスにはモリエールがいる」モリエール 恋こそ喜劇 Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
フランスにはモリエールがいる
「イギリスにシェイクスピアがいるように,フランスにはモリエールがいる。」誰の言葉か知らないがこう言わしめるモリエールとは,演劇人(特に新劇人)で知らない人はいない17世紀の偉大な劇作家だ。彼の作品がシェイクスピアに比べて日本であまり上演されないのは何故なのだろう?
モリエールといえば喜劇,それもドタバタに近い笑劇(ファルス)を得意とし評価されている。一般的に喜劇は悲劇に比べて扱いが低い。とりわけインテリ層では笑い=低俗とみなされている。しかし演劇における喜劇は,はるかギリシャ古典劇にもさかのぼり,かのシェイクスピアとて名作喜劇を多数残している。それでも喜劇の扱いが低いのは今も昔も同じことで,モリエール本人も悲劇で名を成したいと思っていたほどだ。本作はモリエールの伝記と彼が残した戯曲から発想を得たフィクションだが,観ているうちに本当にこんなことがあったのではないかと思えてくる。それほどモリエールその人も登場する人々も魅力的なのだ。コスチューム・プレイでこれほど笑える作品があったろうか?モリエール作品の登場人物が活き活きしているのは,実在の人物をモデルにしたからではないか,と思ってしまうほどプロットが完成されている。事実は小説より奇なりと言うではないか。華麗な衣装を身につけた貴族や成金たちの傲慢さ・狡猾さ・滑稽さ・愛らしさを,見事な洞察力でカリカチュアしていくモリエール&ティラール監督。「人の心を掴む喜劇」を生み出すには,「人物」を描ききれなくてはならない。日本でモリエール作品があまり上演されないのは,「人物」を演じきれる本物の喜劇役者が少ないせいかもしれない。喜劇はコントとは違う,常に悲劇と裏腹だ。そこにモリエール喜劇のエスプリがある。そのエスプリをスピーディかつハイセンスに描いた本作は正真正銘のフランス映画といえるかもしれない。