「突き動かしたのは、愛」アンナと過ごした4日間 ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
突き動かしたのは、愛
ポーランドが生んだ鬼才、イエジー・スコリモフスキ監督が長年の歳月をかけて作り上げた、究極の片思いを鮮やかに、卑劣に描き出す1本。
ひどく、残酷な映画である。殺戮場面が盛り沢山であったりとか、男女の罵り合いが描かれるといった類の残酷さではない。物語自体は、台詞を最小限に押さえ込み、静寂の風景、暗闇の沈黙を効果的に使った、全体的に落ち着いた雰囲気を持つ。だが、この作品が観客に求めているのは、その落ち着きの中で自由に空想を楽しむ遊びではない。台詞を削れる限り削り取り、必要最小限の描写のみを物語に持ち込むことから生じる、束縛である。徹底的に余分な想像、予測の手掛かりを打ち消すことで、作り手の強制するルートに観客をがんじがらめにする強烈な引力が生まれる。観客が抱くのは、安心ではない。安らぎではない。増幅していく不安であり、焦りである。
主人公の男は、とある暴行事件をきっかけに美しい女性、アンナと出会う。男は、アンナに近付きたい、もっと理解したいと思う余り、常識ではありえない手段で、彼女に近付いていく。その工程にあっても、不穏な描写、言葉、行動を一斉に物語に撒き散らし、観客の休憩を遮断する。目を背けることを、拒絶する。目の前にある一人の男の暴走に、つき合わさせることになる。
彼を、暴走に突き動かしたのは、たった一瞬に感じた愛だった。その事実を前に、観客は彼を罵ることができなくなる。人を前に歩かせたり、大事な人を必死で守っていく原動力もまた、愛であることを知っている人ほど、その戸惑いは大きい。
90分という比較的短い尺をもって、小さな物語は終焉を迎える。ただ、その中で観客は、何度戸惑うのだろうか。傍目から見れば変態とも言い表せる愛情表現を、観客はただ見守る。何も出来ず、ただ呆然と見守るしかないのである。その男は、変態か。犯罪者か。ならば、愛を原動力に生きる私達は、彼と違うのか。残酷な、映画である。