「常識も、時間も、飛び越えて」半分の月がのぼる空 ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
常識も、時間も、飛び越えて
「60歳のラブレター」「白夜行」「洋菓子店コアンドル」と、話題作を次々と発表している深川栄洋監督が、橋本紡のベストセラー小説を映画化。
深川監督は、徹底的に空気を読むことに長けた人物である。「白夜行」では重厚に、ゆったりと物語を引っ張り、「洋菓子店コアンドル」では、女の子が求める甘い空気、柔らかな魅力を物語に持ち込んでくる。さあ、今作ではどう出るか。青春映画に求められる疾走感と、恋愛映画に求められる淡いファンタジー、そして観客を裏切る仕掛け。全ての要素を的確に理解、処理することに成功している。これは、出来そうで、なかなか出来ない。
全体的に落ち着いたムードを基調としている。しかし、前半、主人公の池松扮する裕一と、忽那扮する里香が病院を抜け出す場面。ここに、深川監督の柔軟さが見えてくる。突然にあふれ出すギターの音色。その中を疾走する二人を、ポンポンポーンと警備員、看護師たちを走らせてリズムを作り出す。計算された演出と、遊び心。重い物語はひたすらに重く、甘いものは単純に甘く作りこむ監督が多い中、この縦横無尽の設計は目を見張るものがある。深川監督は分かっている。観客が、どうしたら喜ぶのか。
結果的に、本作のラストは深川監督にとってもやりやすいものとなったはずだ。こうであるはずだという観客の予測を、こうするしかないという常識を軽々と飛び越えて、私達をあざ笑う。2時間近い尺を飽きがこないように料理し、時間を上手に使っていく。ここでそのラストを書くつもりはないが、観て頂いた方には、納得していただけると信じている。
自己満足ではない、観客の空気を的確に読める監督。今度は、どんな演出で私達の期待に応えてくれるのだろう。楽しみが、膨らんでいく作品だ。