「まるで寅さんを彷彿させるようなほろっとしみじみさせるシーンがあって、クドカンは明らかに自分の表現の幅を広げようとして模索しているものと思います。、」なくもんか 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
まるで寅さんを彷彿させるようなほろっとしみじみさせるシーンがあって、クドカンは明らかに自分の表現の幅を広げようとして模索しているものと思います。、
水田伸生監督と宮藤官九郎脚本のコンビだけに、今回も不動のノンストップドタバタコメディを想像して試写会へ行きました。
ところが中盤に弟・祐介の登場回数が増えてからというもの、シリアスな場面が増えて、とうとうラストシーンは感動してしまいました(^^ゞ
マイミクさんの間では、小地蔵のクドカン嫌いは知られているはず。でも本作で感じたのは、カムイの脚本を手掛けたときより、クドカンは明らかに自分の表現の幅を広げようとして模索しているものと思います。
今回クドカンが挑戦したテーマは、「家族」。従来のクドカン作品には似つかわしくないホームドラマを真正面から取り上げたところは、新境地と言えるでしょう。
でもクドカンが描く家族は、やっぱりチョット変わっていました。そしていつものように凄く個性的な登場人物たちに、矢継ぎ早に予測不可能なリアクションを演じさせ、超高速で笑いを摘み取っていく魅せていくところはクドカンらしさ溢れる展開です。
けれども従来と大きく違うのは、瑛太演じる祐介の存在。彼はコメディアンのくせにプライベートでは、暗い顔をして笑いません。あくまでシリアスなんです。祐介を軸にまるで寅さんを彷彿させるようなほろっとしみじみさせるシーンが後半多くなるのです。
まるで「笑える非劇」とも「泣ける喜劇」ともいえる本作。ともかくラストでは、兄・祐太同様に涙もろくなって、ぽろぽろ泣いてしまうクドカン作品未体験ゾーンを、ぜひ皆さんにも味わっていただければと願います。
これからのクドカンが目指しているものは、人情ものかも知れません。クドカンは、ブラックジョークや下ネタ、一般的に言われる「差別用語」などを駆使してきた大人計画で脚本を担当してきただけに、どうしてもテンポが速めになります。若い人ならついて行けるけれど、年配の人がクドカン作品を見ると疲れます。
山田洋次監督が寅さんシリーズを落語の人情噺から取り入れたように、クドカンも落語ならではの「間」というものを取り入れれば、年配の鑑賞にも堪えうるしっとりした人情劇を書き下ろせるようになることでしょう。
それにしてもタイトルの「なくもんか」というタイトルは意味深です。主人公の祐太は、むしろ極端な笑い上戸であり、泣く上戸でした。すぐ泣くのになぜ「なくもんか」なのでしょうか。
それは親に捨てられて天涯孤独で育った祐太が、いつの間にか身につけた「度はずれたお人好し」という処世術によって、こころから人前で泣いたり、笑ったり出来なくなってしまい、辛いことがあっても「なくもんか」と踏ん張っていたからなんです。
そんな祐太の気持ちがこもったタイトルなんです。
でも、周りの人は一切祐太の二重人格を気付きません。ただチョット変だと気付くのは途中妻となる徹子でした。祐太は週末ごとに家を抜け出しては、まるで充電したかのように見違えるようにリフレッシュして、戻ってくるのです。
終盤で明かされる祐太の秘密。その恐るべき二重人格ぶりは驚きです。やはりこの役は阿部サダヲにしかできない役でしょう。
祐太の仮面を見破るのが、同じような境遇で育ち、誰からも愛されずに育った祐介でした。祐介は、相方に笑いの本質は深い哀しみにあることを教えられます。哀しみのどん底にあると『カイジ』のように笑うしかないのです。そんな目で兄祐太を見つめると、兄がいつも笑っている気持ちが痛いほど分かってしまう祐介なのでした。
そして祐介は、自らの芸で、兄貴をこころから笑わせようと決意するところがジンときます。
それと登場時点では、自分の相方を世間的には実の兄として公表してきた祐介は、世間体を恐れて、何度も本当の兄弟であることを隠して欲しいと祐太に念押ししていました。 実の弟なのに「兄貴」と呼んでくれない哀しみを、祐太はしまっておいたのです。それがある事で、祐介が心を込めて「にいさん」と呼んでくれたとき、歓びを爆発させる祐介の表情には泣けてきましたね。
もう一つ特筆すべき登場人物が恐妻となる徹子。これも一癖ある役で、結婚するとき自分の男遍歴を、職務経歴表のように書類にまとめてまるで官僚のような実務調の言葉遣いで、平然と祐太にレクチャーし始めるのです。また結婚してからも、我が家のエコ計画なるマニフェストを作成し、徹底エコに乗り出します。どうも彼女の男遍歴にまつわる秘密の過去には、環境庁と縁があるようでした。徹子の過去がネタバレする伏線の張り方は、かなり緻密で、面白かったです。
そんなクレバーな女に見えて、気にくわないととっさに足蹴にする面倒くさい性格の持ち主を、なんと竹内結子!が演じています。これも彼女にとって新境地となる役柄でしょうね。
最後に、祐太が毎日店で揚げているハムカツにかけるソース。創業40年にわたって受け継がれて、その都度継ぎ足されたものより、給食の袋物ソースのほうが、美味しいなんてあり得ないと思いますよ~。