「「沈まぬ太陽」が意味するものとは」沈まぬ太陽 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
「沈まぬ太陽」が意味するものとは
白い巨塔、華麗なる一族、不毛地帯
どれも巨匠山崎豊子の不朽の名作です
そしてその映画化された作品もまた日本映画の至宝と言える作品ばかりです
本作もそれに連なる名作であることは間違いの無いことです
某航空会社とそのジャンボジェット機墜落事故が物語を中心になっています
しかし本作の真のテーマは違う所に在るのだと思います
本作の原作は1995年から1999年にかけて週刊誌に連載されました
つまりバブル崩壊が誰の目にも明らかになり、単なる不況ではない奈落の底に転落していくものなのではないのかと思い出した年から、その奈落の底にどんどん転落していき、恐慌の一歩手前
いやあと半歩で地獄の釜の蓋が開く
そんなところにまでいった年まで
その全期間を通して連載がなされたのです
国民航空とはナショナルフラッグです
つまり日本そのものを象徴しているのです
その国民航空という会社を通して日本のバブル崩壊とそれに翻弄される国民そのものを描いているのだと思います
だから「国民」航空という名前になっているのです
その原作の意図を監督はよく捉えて、そこに絞り込んで映画化されていると思います
沈まぬ太陽とは何か?
赤い夕陽
日本経済の斜陽、それが夕陽
しかし沈まない
それは決して沈ませることはできないのです
でも太陽は必ず沈むもの
一日の寿命があり、また翌朝東の空に蘇って昇るものです
そこには矛盾があります
だから無理なものを無理やり生き延びさせているということです
それは国民航空のことであり、当時明らかになってきた不良債権、巨額負債の巨大企業のことでもあります
主人公の恩地や行天達はその国民航空の矛盾の中で翻弄されているのです
テレックス、今の電子メールみたいなものです
その電文一枚で海外赴任が命ぜられます
自分も海外こそ有りませんが国内をFAX一枚で転勤を繰り返したものでした
新婚早々新生児を抱えて見も知らぬ土地に行ったことを思い出します
赴任先ではまず人間関係をと毎日飲み歩いて午前様でした
どれほど妻は心細かったことでしょう
次の任地で子供達が小学生に育った頃、また遠く離れた標準語と方言の違う地方に転勤しました
子供達にも、友達とはなれ離れにさせ、標準語で生意気だといじめられ、苦労をたくさんかけてしまいました
単身赴任も長くやりもしました
理不尽な左遷も経験しました
本作程のことはなくても、誰しも経験のあることことだと思います
鈴木京香の演じた恩地の妻りつ子の台詞は心に突き刺さるものでした
そしてバブル崩壊は、どんな一流会社でもリストラに追い込みました
どんどん営業成績が落ち込んでいくのを、あの手この手で、身体を壊す程働いて食い止めてきた社員を会社は大規模なリストラを断行せざるを得ないところまで行ったのです
そのとき社員の心に、日本人の心に何か起こったでしょうか?
アフリカで子供達とサッカーに興じて倒れ込むシーンはその見事な映像表現であったと思います
壊れてしまった会社への信頼、忠誠心、親しみ
今までの価値観
それらが総て崩れ去ってしまったのです
アフリカの地平線を見たときそんなものどうでもよくなったのです
それこそが本作の映画化のテーマになっていると思います
渡辺謙の演じる恩地は正にそのテーマに沿った演技であり見事だったと感嘆しました
沈まぬ太陽、アフリカの夕陽は二度画面に登場します
一度目は冒頭のタイトルバックで、二度目はエンドロールでです
そして一度目のものは赤い夕陽が逆転した日の丸のようにハッキリと写されます
そしてエンドロールの夕陽は雲が掛かって丸い太陽は見えないのです
本作が公開されたのは2009年10月
その前年2008年リーマンショックという世界的経済危機が起きました
バブル崩壊はなんとか切り抜け、巨額の不良債権問題、ゾンビ企業といわれた巨額負債の大企業にもメスがはいり、その処分に目処もついて景気もようやく上向く気配が出始めて来た矢先でした
当時、自分は毎週のように新幹線で東京大阪を行き来していましたが、それまで満員だったのがみるみるうちに客車が空っぽになったことを覚えています
欧米諸国の金融機関は恐慌になりかけており、日本にも確実に波及すると身構えなければならなかったのです
バブル崩壊の時の悪夢がまた繰り返されるという予感がしていたのです
そして2009年
その年8月の総選挙で政権交代が起こったのです
冒頭の巨象が恩地のライフルで眉間を撃ち抜かれて倒れるのはこのことを象徴しているように見えてきます
もちろん原作にあるエピソードで、このシーンをCGで作り上げて挿入するほど大事な意味があります
それが不思議なことに妙に現実と符合してしまっているのです
今度こそ沈まぬ太陽が沈んでしまうかも知れない
その最中に本作は公開されたのです
映画の神様の運命のいたずらなのでしょうか?
正に時節に一致した映画であったのです
また沈もうとする太陽を、無理やり沈ませないようにしなくてはならなくなったのです
本作公開以降に、世界的な超一流大企業にもかかわらず、不適切会計という粉飾事件を起こした会社、損失隠し問題が発覚した会社があり新聞の一面を騒がす騒動もありました
超一流の監査法人も、巨大株式幹事会社もそれに手を貸していたのです
あのような事件の中では、多くの行天や恩地、不正に都合よく利用された八木といった本作の登場人物と同じような人間が数限りなくいたことでしょう
その会社だけでなく日本中の会社であったはずです
自分のいた会社も然りでした
本作のような世界は本当にあるのです
太陽を沈ませないないなんて無理なことをやればこんな事になってしまうのです
精神に失調をきたしてしまう八木を演じた香川照之は見事でした
本当にあの様になってしまうのです
既視感があります
本作は某航空会社の事だけの話ではありません
日本中の会社に大なり小なり起こったことなのです
そしてこれからも起きるでしょう
本作を観たあなたが、行天になってしまうかも知れません
恩地のように辛い目にあいながらも戦うかも知れません
八木のように壊れてしまうかも知れません
某航空会社だけの物語ではないのです
日本の企業、組織で働く、私たち全員の物語なのです
モデルとなった某航空会社は本作公開の僅か3ヶ月後に倒産しました
それからのことはご存知の通り
沈まぬ太陽はないのです