風が強く吹いている : インタビュー
直木賞作家・三浦しをんの人気小説を映画化した「風が強く吹いている」が、10月31日に公開される。2人の天才ランナーを擁する無名大学の弱小陸上部が、箱根駅伝出場を目指す姿を描きながら、「走るとは何か」を「生きるとは何か」に置き換えながら見る者に問いかけていく。登場人物の中で、部員たちを献身的に支えながらリーダーシップを発揮する役どころを演じた主演の小出恵介に話を聞いた。(取材・文:編集部)
小出恵介 インタビュー
“精神的支柱”が得た、大いなる自信と自覚
小出恵介が演じたハイジは、スター選手だった高校時代に無理な訓練がたたって膝を故障し、一度は選手生命を断念する。しかし、不屈の精神が実を結んだのか、林遣都扮するカケルという逸材を探り当てたことで、最初で最後の好機到来。そこからは寮母的な存在としてあらゆる面倒を見てきた仲間たちを巻き込んで“箱根路”へと突き進んでいく。脚本を受け取ったときの小出は、「仲間に対して掛け値なしの愛情が注げて、自分の都合そっちのけで常に思いやれる度量の広さは凄い。自分が演じられるかなって不安も同時に生じて、ハードルの高い役だと思った」と振り返る。
■僕だったら素直に喜べません
忍耐を絵に描いたような大学生活の締め括りに巡り合ったカケルという“宝物”。そして自らも怪我からの復調で戦線復帰し、必死さを微塵も感じさせずに失われた時間を取り戻していく。そんなハイジだからこそ、悲しい暴力事件で王道から外れてしまったカケルの走りへの欲望を感じ取ったといえる。しかし、一筋の疑問が芽生える。気持ちを制御しながら生きてきた“元天才”が、制御できなかった“天才”に対して「嫉妬」という感情を抱かず、素直に受け入れることができたのだろうか。
「僕だったら素直に喜べません。現役の選手であるならば尚更です。ただ、ハイジは選手である以上に、どこかで監督と言う意識を強く持っていたのでしょうね。だから、カケルに対する思いは純粋に喜ばしい存在、ただそれだけだと僕は感じました」
■箱根・往復路全区間分の距離を走破
そんな小出は昨年7月からトレーニングを積み重ね、撮影期間を含めた合計走行距離は、箱根駅伝の往路・復路全区間(217.9キロ)を軽々と突破。中村優一、ダンテ・カーバーら他のメンバーとも切磋琢磨し合ったそうで、「いい緊張感が保てました。きつい思いや流した汗を共有すると、絆って生まれてくるものなんですね。価値観が合う、合わないという次元ではないところで生じた絆を、誰もが無言で共有しあっていました」と表情をほころばせた。
公開を待つばかりとなった現在、今更ながら襷の持つ重みを再認識するという。撮影では実際の本戦コースも一部使用許可が取れ、9区のカケルから10区のハイジへ“絆”という名の襷が繋がる鶴見中継所に立った小出は、えもいわれぬ思いにとらわれた。「実際にレースが行われている場所でやるのって全然違いますね。沿道のファンはエキストラの方が来てくれたのですが、本当に声援って凄い。レースの空気というか雰囲気が生まれるんですから」。中継地点に立つまでは不安を拭いきれなかったといい、「最初は自分の走りに対して全然自信が持てませんでした。だから凄く不安で、大丈夫なのかな……みんな、どういう風に思っているのかな……って常に考えていました」と当時の胸中を吐露する。
■疑問がなくなったら僕は終わり
それでも小出は、この映画のために鍛え抜いた肉体からの鼓舞に応えるかのごとく、「だんだん自信が生まれてきて、最後には胸を張って気持ちよく走れた。それを感じられたことが、この映画に出演して最もうれしかったことです」と“座長”としてではなく、1人の俳優として充足感に浸った。その成長は、原作者の三浦や大森監督が全編を通じて伝えたかった「走るとは何か?」「生きるとは何か?」に直結してくる。少なくとも小出は、この問いを完全に理解しているのだから。
「僕ね、そのフレーズについて考えることがあるんですよ。自分もまったく同じことを考えているなって。演じるってなんだろう? 役者ってなんだろう? と日々考えますし。今回の撮影でも感じたことですが、結局のところずっと考え続けていくんでしょうね。見つかることもあれば、見つけられないこともある。それを問い続けることが大事なんでしょうし、疑問がなくなったら僕は終わりなんじゃないかってどこかで思うんです」