劇場公開日 2020年2月22日

「多幸感と喪失感──色彩と音楽が溢れる58年前の傑作」ロシュフォールの恋人たち nontaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 多幸感と喪失感──色彩と音楽が溢れる58年前の傑作

2025年10月4日
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鑑賞方法:映画館

1967年公開。58年前の映画だ。前作「シェルブールの雨傘」(1964)に続けてジャック・ドゥミ監督&ミシェル・ルグラン音楽&カトリーヌ・ドヌーブ主演の組み合わせで、今見てもみずみずしく、さまざまな映画的な表現の工夫も斬新で、ミュージカルとしての完成度も高い。現代の新作ミュージカルと同様、いやそれ以上に楽しく見ることができる映画だった。

下調べしなければ、それで終わりだったのかもしれない。でも、事前に調べたことで、この時、この映画に閉じ込められた「永遠の若さ」「失われた可能性」を知ったことで、多幸感に溢れる本作を、物語と映像がポップに明るく展開するほどに、喪失感と切なさも増してくる鑑賞体験になった。

というのは、ドヌーブと並んでダブル主演を務めた彼女の姉フランソワーズ・ドルレアックがこの映画の公開直後に自動車事故で車内に閉じ込められ炎上死するという痛ましい事件があったことを知ったからである。
元々、映画界に入ったのは姉のドルレアックが先。ケイリー・グラント&オードリヘップバーン主演の「シャレード」に出演するなどフランス映画界のホープであった姉の妹としてデビューしたのがドヌーブだったようだ。そしてドヌーブは前作「シェルブール」で世界的スターとなる。その二人の唯一の共演作が本作なのだ。
本作では二人が双子の姉妹という設定で、演技、歌、踊りで、見事なシンクロニシティを見せてくれる。元々、本作はオードリ・ヘップバーン&ブリジット・バルドーで企画されたそうだ。それも見てみたかったが、本作のようなシンクロニシティは実現しなかっただろう(二人は顔も非常に似ている。〝運命の容姿を持った女性=ドヌーブ〟を探す画家がドルレアックと出会って気が付かないというのはやや無理があると感じた。小さなことだけれど)。そして、その見事なスター姉妹の共演は本作が最初で最後となってしまった。

姉の死去がその後のドヌーブにどんな影響を与えたのか、本当のところはわからない。だけど、トップ女優として開花し始めた姉の後を追って、スクリーンデビューし、前作の成功でヒットが確実視される大作の本作でダブル主演を務めこれから二人で成功の階段を駆け上っていく時であった。それを考えると、その後のドヌーブは自分だけでなく、姉の人生も生きるという宿命を背負ったように思える。
そして実際、80歳を超える現在もフランスの国民的女優として活躍を続けている(未見なのだが、主演を務めた是枝裕和監督「真実」(2019)のあらすじを読むと、登場するライバル女優は姉ドルレアックのように思えてならない)。
ジェームズ・ディーンや尾崎豊でもそうだけれど、若きスターの夭折はそれだけで「永遠の若さと未完の可能性」を感じさせるままイメージが固定されてしまう。どうしても過剰かもしれない思い入れをして、本作を見ることになった。

本作のストーリーは、軽くポップなものだ。主人公の姉妹含めて、多数の登場人物たちが「理想の恋人」を追い求めている。出会いも別れも、その理由は何というかとっても軽い。
恋人が変な名前だから別れてしまった母親。理想の女性の肖像画を描き、現実にその容姿の女性を追い求める画家の卵……。それぞれの動機があまりに直感的で情緒的な小さな理由だ。
でも、それでいいのだ。大体、私たちが人を好きになったり、嫌いになったりするのは、どうってことのない情緒的で直感的な理由だ。多くの物語では、必然性がきちんと描かれるけれど、それが明確なのは物語の中だけのことかもしれない。
そして、本作にはルグランの音楽がある。これが圧倒的な説得力のある強い情感を生み出している。それが現実にもありそうな小さな物語の中にあるドラマを最大限に引き出しているし、それによって、私たちの陳腐な恋愛もドラマチックなものだと感じさせてくれるのだと思う。

僕の大好きな映画「ラ・ラ・ランド」の監督デミアン・チャゼルは「シェルブールの雨傘」が自分を成長させてくれたと語り、「ラ・ラ・ランド」でもオマージュしているが、直接的な関連は、本作の方がより多く見出せると感じた。
例えば、「ラ・ラ・ランド」の冒頭の高速道路での群舞シーン。この場面だけで、もうこの映画を観た価値があるほど圧倒的で、一気に多幸感に包まれ、物語への期待値も高まるのだけれど、この場面は本作のオマージュであることは明らかだ。
本作は、フランス西部の田舎街ロシュフォール(現在でも人口2万人程度のようだ)に、劇団が祭りのショーを披露にやってくる。そして、彼らが去る場面で終わるたった数日の物語だ。この劇団登場の場面で、川を渡る吊り橋のような桟橋上で本作のテーマ曲で劇団員たちが歌い踊る。この大仕掛けの場面を、さらに一気にスケールアップしようとしたのが「ラ・ラ・ランド」の冒頭ではないだろうか。特徴的な衣装使いも、主演ではない人物たちに、これから起こるであろうワクワクするドラマを強く予感させる演出も、この映画のオマージュとしてシナリオに盛り込まれたのだろう。

そして、何よりこの映画の主役はミシェル・ルグランの音楽である。前作同様、正確な曲名がわからないのだけれど、テーマ曲が、さまざまな変奏、さまざまな歌詞を載せて何度も繰り返される。
そして、多幸感のあるメロディと、切ないメロディとが交互に登場することで、観ているこちらの気持ちも振り回されてしまう。圧倒的な楽曲の力があるからこその圧倒的な映画体験を味合わせてくれる比類なき傑作であった。

nonta
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