「ドラマと音楽の奇跡的融合!」シェルブールの雨傘 nontaさんの映画レビュー(感想・評価)
ドラマと音楽の奇跡的融合!
これほど巧みに、映像と物語と演技と音楽を一体化した映画があるだろか。1964年の映画とは信じられない感じがする。日本公開は1965年で僕の生まれた年だった。
見終わって、何に圧倒されたのか、自分でもよくわからず、ぼんやりと時間を過ごしてしまった。1日経って少し落ち着いたので、まとめてみたい。
まずこの映画に感動する個人的な理由があった。この映画の主題歌である「I will wait for you」が好きな曲だからだ。もう 50年近く前になるはずだが、小学生か中学生のとき手に入れた映画音楽を集めた楽譜で、この曲に出会って好きになった。今でもこの曲のカバーを集めて、iphoneにプレイリストを作ったりしている(ギル・エバンスがアレンジしたアストラッド・ジルベルトのバージョンが一番のお気に入りだ)。
この映画では、その主題歌のメロディーが何度も違ったパターンで演奏され、この曲の象徴する感情のバリエーションとして提示される。それがもう凄いのだ。まず冒頭で、フルートのソロで主題メロディーがちょっとした不安な感じを醸し出しつつ演奏される。それが木管アンサンブルへ、そしてオーケストラへと楽器を積み重ねられていって、これからこの美しいメロディにふわさしいドラマが始まるのだと期待させる(街を俯瞰したショットでカラフルな雨傘が行き交う美しい背景映像も、人生の可能性が交錯することを象徴している)。
その後も、物語の進行に合わせた別のセリフが、同じメロディに乗せて何度も別のアレンジで演奏される。
最後の変奏では、すでに別々の家庭持ったかつての恋人の二人が、数年ぶりに出会い、この曲に乗せて会話する。I will wait for youはかつてのふたりの愛の象徴だが、この最後の場面でふたりのセリフは、主題歌のメロディーに同調せず、普通のセリフのように、そしてときに別のメロディーに変わり、一瞬セリフがメロディーに乗る。
かつては同じメロディを共有したけれど、もうそれはできないのだということも伝えると同時に、「一緒に生きる、別の人生の可能性」もあったよねということが音楽として聞こえてくる。冒頭で映像として提示された様々な人生の可能性の交錯が、セリフと音楽で表現される感じで、もう圧倒されるしかない。
この映画の物語は、ハリウッド的な夢の世界、歌と踊りの豪華絢爛なスペクタクルでは全然ない。どこにでもいる普通の若い男女の物語だ。主人公二人には特別な魅力も、能力もないし、物語を通して偉大な達成を成し遂げることもない。
多くの人が経験のあるであろう、今は別々の家庭を持ったニタリの元カレ・元カノ時代に焦点を当てた物語だ。主人公たちは、若き日の誰でも覚えがあるように性急すぎて、視野が狭い。そして、遠距離恋愛に耐えられず、「もう心変わりしているかも」なんて相手のせいにしてみたりもする。
でも、誰でもというか、多くの人が心当たりがある「今とは別の相手」との別の人生の可能性に思いを馳せつつ、それをかなわなかった夢であり、美しく悲劇的なドラマとして提示するからこそ、60年以上前の公開時も、そして、おそらく今でも多くの人の心を揺さぶるのではないだろうか。
そして、そのドラマ性を極限まで高めているのがミッシェル・ルグランの音楽である。この映画の制作方法についてはよくわからなかったけれど、撮影前に、全てのシナリオと演出を理解した上で、ルグランはそれを音楽として構築したはずだ。そして、そのプラン通りにそって徹底的に練習してから、撮影したのではないだろうか。映画に合わせて曲を提供するという通常の映画音楽とは全く次元の違う取り組みなのだろう。
そうした作り方だから、通常の映画のように、何カットか撮影して、いいものを繋ぎ合わせるとか、リズムが悪ければ、一部カットしたり、別の場面を挿入するといったことがこの映画ではできないだろう。音楽が全てを支配しているからだ。
冒頭の主人公ギイが勤務先の自動車整備工場で同僚と会話する場面だけでも、圧倒されてしまう。ここからここへ動いてセリフを言うーーそれだけでも音楽と完全にシンクロする必要があって、それがあまりに巧みで自然に行われるし、それが連続するので、何か奇跡的なパフォーマンスだと感じてしまう。
当時も相当ヒットした映画のようだから、この映画の影響化で同じような映画が撮られたのではないと調べてみたけれど、この映画のジャック・ドゥミ&ルグランの他の作品以外あまり見当たらない。真似しようにも真似ができないスタイルだったということなのだろう。むしろその後のmtvに影響を与え、この映画の影響化にあることを公言するデミアン・チャゼル「ラ・ラ・ランド」が60年あまり経って生まれるに繋がるということのようだ。
もう一度、劇場で観る機会があるだろうか。今回、この映画のサントラがApple Musicに入っていることを見つけたので、これからはそれを愛聴して、この映画の色彩と旋律の世界を思い出そうと思う。