「“現状を知る切っ掛け”として、非常に良い映画」クロッシング(2008) 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
“現状を知る切っ掛け”として、非常に良い映画
上映が始まるまでは、北朝鮮で行われているという圧政の恐ろしさを克明に訴えようとする映画かもと身構えていた。
だが日本の昭和を連想させるような、平和な家族風景を描くオープニングに虚を突かれる。
鉱夫として働く父とその息子が楽しげにサッカーボールを蹴り合う姿。
狭苦しい家で、家族と共に食事を囲む姿。
ペットの犬を可愛がる姿。
そこにあるのは万国共通の温かな家族の姿だ。
だがその平和も極めて脆い基盤の上に成り立っている事が、物語が進むに連れて分かってくる。
“南朝鮮”のテレビを見てはいけない。聖書を読んでもいけない。酒や薬やガム等の“贅沢品”を中国から持ち込んだ為に破滅させられる家族もいる。
主人公一家も、母親が結核にかかった事で生活が一変。薬を買う金も手段も無い。栄養のある物を食べさせる手段も殆ど無い。
薬を入手するべく、父親は単身中国に渡る事を決意するのだが……
北朝鮮の国境を越えただけでは“脱北”とは言えない。むしろその後の方がずっと危険だ。そして脱北に成功して薬を入手できても、今度は様々なしがらみに囚われて家族の元へ帰る事が出来ない。
実際の報道でも家族を残して脱北に成功した方が登場する事があるが、彼らが一体どんな思いを抱えて生きているか、垣間見る事が出来た気がする。
脱北に失敗して送還された者には、更に惨い仕打ちが待っている。女子供だろうが病人だろうが収容所に送られ、劣悪な衛生環境の中で、情け容赦無い強制労働を課せられるというのだ。
収容所の看守達はまるで怪物で、同じ人間とはとても思えない。
この辺りの描写は涙が出る程に悲惨だ。
現状をロクに知らない僕には、この映画の内容をどこまで鵜呑みにして良いのかの判断は出来ない。
だが、脱北の困難さやそのシステムを描いた部分については、僕には少しも誇張しているようには感じられなかった。
ドラマチックな演出はあるが、家族や親しい人々がばらばらに、ぼろぼろにされる悲しみを端的に示したいが為だろう。『あざとい』とは思わなかったし、離れ離れになった父子を結び付ける土砂降りの雨の美しさに心を動かされない人はいない筈だ。
この映画は授業教材として有用かも知れない。誤解しないでいただきたいが、教科書的な映画と言いたいのではない。
北朝鮮の現状について興味を持つ切っ掛けを作るという意味で、非常に良い映画だと思うのだ。
……知りたい方は、是非。
<2010/8/1鑑賞>