「伝記映画でなく、時の権威を「家政婦は見た」ならぬ「ゴヤは見た」という感じで炙り出している作品」宮廷画家ゴヤは見た 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
伝記映画でなく、時の権威を「家政婦は見た」ならぬ「ゴヤは見た」という感じで炙り出している作品
骨太で思想性にあふれているかなりの秀作作品です。
『アマデウス』を見た人ならば、あの重厚な中世の世界がフォアマン監督の手によって、再現されているという点で、必見です。
一見画家の退屈そうな伝記映画に見えそうですが、ゴヤの生き方や絵画がテーマではありません。神父役のハビエル・バルデムと娘役のナタリー・ポートマンを「家政婦は見た」ならぬ「ゴヤは見た」という感じで描いている作品なのです。
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そしてドラマはゴヤの生きた19世紀初頭の異教徒審判、ナポレオン率いるフランス軍の進撃、スペインの独立戦争、歴史の中で激変する動乱の時代を、実戦シーンを交えスペクタクルに描きます。
そのなかで歴史に翻弄された登場人物の数奇な運命を、皮肉たっぷりに表現されていました。
この作品で、一番印象的な存在なのが、狡猾な宗教政治家・ロレンゾ神父です。彼は異教徒審判の急先鋒に立ちながら、自らが審問をかけられるとあっさり信仰を捨てて逃亡を図るなど、偽善者ぶりが際だっておりました。
なかでも、ロレンゾの悪辣さは、自らの異教徒審判で獄に繋げた娘イネスに救いといいつつ、そのまま獄中で押し倒して、エッチしてしまうのです。
純粋にロレンゾを救いと信じるイネスに比べて、彼女を残して逃亡してしまうロレンゾの身勝手さが、神父という「善人」の看板に隠れた人間の業を浮き彫りにしておりました。
またロレンゾと彼を追放する教会幹部とのやりとりも面白かったです。逃亡後、ナポレオンの手先として凱旋して地元の為政官となるロレンゾによって、教会幹部の異教徒審判の非人道性が裁かれるのです。ロレンゾに裁くこの件で資格などあるはずもないのですが、彼はナポレオンの掲げた「自由と民権」という虎の威を借りて、教会幹部を断罪します。しかし、「自由と民権」がただの侵略行為だったと民衆が知り、ナポレオンから離反する者が相次いでいったとき、教会が復権し、立場が全然逆になってしまいます。
しかし復権した幹部がいかに威厳をただそうとしても、それまで囚人となっていた無様な姿を見せつけられていた観客には、その威厳が茶番にしか見えませんでした。
このようにフォアマン監督は、既存の権威に対して、ウィットに満ちたスパイスを利かせています。
一見反権力のように見えますが、キリスト教の暗部を描く視点には、本当の信とは善なることは何かという、真実を求めている気持ちを強く感じました。
ダビンチコードのシリーズ化という欧米の映画人の中で、自ら信じているキリスト教を根本から見直す機運が高まっているものと思います。
その分異教徒審判の描写はえぐいので、いかに中世のローマ教会が行った魔女狩りが酷かったか、印象深くもたれることでしょう。
それにしてもバルデムの悪人ぶりが強烈すぎて、主役のゴヤが、すっかりかすんでしまっています。本作でも、憎たらしいほどの偽善ぶりであるが、バルデムが演じるとそんなロレンゾについつい同情し、感情移入してしまうから不思議です。そしてラストも圧巻でした。
「アカデミー賞:助演男優賞」をとる前の作品ですが、彼の強烈な個性を味わいたいなら本作も見落とせないでしょう。
ただ、ゴヤも腐敗した内政を痛烈に批判する反骨精神の持ち主であったので、劇中見せる女王の絵のシーンなどで、気骨ぶりを見せます。
ところで天才子役として数々の役歴をこなしてきたポートマンも今や27歳になった大人の女。獄中では全裸を晒すなど、ファンには信じられない体当たりの演技を披露しています。特に15年間獄中に繋がれたあとにゴヤと再会する変わり果てた姿のイネスがすごいのです。精神にも異常をきたしていて、あまりの汚れ役に絶句です。目はくぼみ、とても本来の美女とは想像できません。ファンには卒倒ものでしょうね。
そんな彼女をストイックに保護するゴヤの優しさが印象的でした。
単館映画好き、濃厚な人間ドラマを見たい、バルデムが好きという人に特選です。