劇場公開日 2008年8月23日

「楽しめ!お前自身が・・・そう言われた気がする。」レス・ポールの伝説 jack0001さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0楽しめ!お前自身が・・・そう言われた気がする。

2008年9月25日

知的

幸せ

何かを信じて止まない人というのはこうも強いものか。
強いという意味をも越えてしまい、もう自然に笑ってるじゃないか!

毎週月曜日の夜、ニューヨークにあるライヴスポット「イリジウム・ジャズ・クラブ」のラインナップは定番だ。
1915年アメリカのウィスコンシン州で生まれた一人の老人、レス・ポール:Les Paulによる楽しいお喋りと演奏、観客とのやり取りが三位一体となった時間帯だ。

映画「レス・ポールの伝説」では、そのやり取りの何気ないシーンから入る。
客席との至近距離を保ち笑いが絶えない。
スペシャルとして、キース・リチャーズとのコードAによるブルース・ジャムセッションやポール・マッカートニーも登場し華を添える。
この老人、レス・ポールこそ世界初のソリッドボディによるエレキ・ギターを発案した人だ。
ソリッドボディとは、木材の板を張り合わせて平面にした空洞のないボディのこと(その反対に、アコースティック系の空洞があるものはフォロウボディと呼ばれる)

彼は子供の頃に、電話の受話器に取り付けられたワイヤーと線路の断片を利用し、簡易ギターを作った。
母親からは半ば呆れ顔されつつも、その利用性と開発を追求し色々試行錯誤をした。
それまでのギターというのは、楽器本体の「空間」で鳴っている音をそのまま聴かせたもの。
レス・ポールによるエレキギターは、楽器「全体」に伝わる音を電気的に集音し増幅させるというアイデアだ。
線路に耳をあてると遥か遠くからの列車の滑車音が振動され聴こえてくる・・・それを子供ながらにイメージとして膨らませ、具体的にモノを作ってしまうという発想力と行動には驚かされる。
また、妻のメリー・フォードと一緒に「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」という曲をヒットさせ、それ以降「多重録音」という技法を自ら発案し、画期的な音のマジックを披露した。
1940年代、既に自宅を録音スタジオ化してしまった人だ。
レコード盤のプレスやカットも自前によって可能、レコード会社にサンプル納品出来てしまう設備まであったという。
ギター奏法そのものも、人がやらないことを念頭に入れ実践している。
音をいくつも重ねて録音出来れば、たった一人でもオーケストラのような重厚感のあるレコードが作れる・・・この方法など今では当たり前なことだが、レス・ポールの「思い付き」が無ければ絶対あり得なかったかもしれない。
やがてレスポール製世界初ソリッドボディ・ギターは、まずギブソン社に商品化の為に持ち込まれたが、随分と鼻で笑われたそうだ。
その後、ライバルのフェンダー社により「ブロードキャスター」と呼ばれるソリッドタイプのエレキギターを先に商品化されてしまい、ギブソン社は彼の下へ慌てて受注の電話を掛けたらしい・・・その間、およそ10年は経過していた。

タイミングやすれ違いを含めて、歴史の悪戯、気まぐれを感じずにいられなかった。
早すぎたのか遅すぎたのか?・・・と悩みそうだが、一切翻弄されている様子は伺えない。
今までの人生に於いていつの時代でも楽しむ、自分らしさにこだわった姿勢、それがレス・ポールという人の身上ということだ。
ギター開発や録音方法の終着点など、彼にとって本当はどうでも良かったのではないか?
とにかく暇を持て余すのが嫌で、常に何かを考えて行動に移すことがこの人の「すべて」なのだと思う。

楽しめ!お前自身が・・・この映画の主題は、もうこれに尽きるのだ。

回想を巡らす彼の顔や声、表情は、とても93歳を越えた老人とは思えない力の満ちたものだった。
その細かな足跡を追ったシーンが盛りだくさん。
音楽史上の貴重映像としても十分楽しめる。

毎週月曜日の夜、ニューヨークのライブハウスで彼の元気な姿を観れるそうだ。
大抵の時間は演奏だが、サポート・ミュージシャンの美人ベーシストへのセクハラ的冗談にも費やされているらしい。
あくまでも老人の活力保持という目的だから、上記女性も冗談として受け入れているようだ。

しかし、なんという93歳!
長生きしたくば、最後まで楽しみ、そして工夫を施すべきかな?
しっかり両足で、規則正しく歩いてる姿は「生きた化石」そのものだ。

jack0001