「"落下の王国"=映画」落下の王国 ありきたりな女さんの映画レビュー(感想・評価)
"落下の王国"=映画
当たり前だけど、前情報で聞いていてもやはり景色の美しさ、衣装の独特な雰囲気と色づかい、度肝を抜かれた。世界にはこんな「世界」が実在するんだとため息が何度もテレビ画面の前に積もった深夜4時。
そもそもベートーヴェンの第七番をBGMに突如重厚な幕開けを見せる白黒のオープニング、今思えばあれはロイの人生最悪の瞬間であり分岐点であったわけで、それなのに客観的に見る分には信じられないほど美しいという残酷さ。他人の人生なんてそんなものなのかもしれないとすら思う哀しさも圧倒的な美が打ち消す、いや打ち負かすような一瞬。
しかし、敢えてそれらのことには触れず、私が一番印象に残ったのはラストシーンである。
この映画って、つまるところ映画に対する愛を伝えたかったのかなと。最後に沢山無声映画が引用されていたけど、初期映画は技術的に出来ることが少ない中"落下"という動作は目に見えて解り易いから多用されていたのだろうと思う。
そして、この映画自体が映画における"落下"を担うスタントマンが語る物語であり、全て合成ではなく原始的にロケで撮ってるわけで、語り手と構成自体が初期映画をなぞっているような。
どうしても宣伝などで触れられがちなビジュアル面の拘りが、その美しさゆえだけでなくて初期映画に対するオマージュとして出発しているのなら面白いし、心から素晴らしいと思った。
まさに「嘘から出たまこと」の如く生まれたこの映画そのものと、映画に人生を変えられながらもまた映画に救われたロイがまたフィクション=映画を作ることに戻るという結末、圧倒的希望でしかないし、
文字通り落下してゆく数々の登場人物たちと先人たちによって創られた、スクリーン内外の幾多の"王国"を目にできる幸福を噛みしめる。
こんにちは
“裏方”に光を当てた作品がここのところ続いていますよね
・バイプレイヤー、
・時代劇の斬られ役、
・BGMの作曲家、
そして本作の
・スタントマン。
最後の無声フィルムの中に「無名なんかじゃない私のためのスタントマン=ロイ」の顔を探すアレクサンドリアの声が重なりました。
あそこ、本当に良かった!
おっしゃる通り「映画愛」のための映画でしたね。
コメント失礼しました、きりん。