「「年甲斐も無く」の意味」マルタのやさしい刺繍 Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
「年甲斐も無く」の意味
若い人は思うかもしれない「老人には未来が無い」と。しかし、「八月の鯨」を観た時に思った、年老いてから新しいことに挑戦することの本当の意味を。本作の主人公マルタは、夫を亡くしてから、生きる希望を失い、早く夫の元へ行くことだけを日々思っている。保守的な町で、牧師の息子を持つ彼女は、控えめで従順な昔ながらのおばあさんだ。夫の遺品も整理できない彼女に、進歩的な年下の友人は、もっと前向きに生きるように発破をかける。しかしその友人もまた、昔の思い出の中だけで生きている。結婚前ランジェリー・ショップを開くことが夢だった彼女は、一年発起して、夫婦で細々と経営していた店舗を、手作りのランジェリー・ショップとして開く決意をする。それからの彼女たちの行動力がすばらしい。大きな街へ生地を買いに行き、ランジェリーのデザインから縫製・刺繍を施し、店を飾り付ける。死ぬことばかり考えていたマルタのいきいきしたした瞳がまぶしい。しかし保守的な町では、“いやらしい”店を開くことなど言語道断であり、マルタの“いい年をしてはしたない”行為は、非難の的となってしまう。しかし表面上品行方正な生活をしている町人たちの方が、“いやらしい(いやしい)”行動をしており、彼らに反発する年老いたマルタとその友人たちに心からエールを送りたくなる。彼女の作るランジェリーは、頭の固い大人たちではなく、若い人たちの人気を得る。年老いてから新しいことをチャレンジすることは並大抵のことではない。しかし何もせずにただ死を待つだけの老後は、その人が生きて来たそれまでの人生を否定してしまうようなものだ。どれほど充実した人生を送っていても、最期に後悔する人生ではあまりにも悲しい。長寿国、日本。昨今シニア世代が元気がいい。「年甲斐も無く」という言葉は、「何もしない」という意味に変わりつつあるように思う。