「ホラーまでは見に行かないけど、不思議世界に浸りたい方にお勧めします。」真木栗ノ穴 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
ホラーまでは見に行かないけど、不思議世界に浸りたい方にお勧めします。
屋根裏から止宿人の生活を覗き見し秘密を見る江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』に近いお話。また書いた小説どおりに、事件が起きるのはジョニー・デップ主演『シークレット ウインドウ』品を彷彿とさせます。
原作は、四谷ラウンド文学賞を受賞し、評論家に絶賛された女流作家・山本亜紀子による異色の小説『穴』。
となり部屋と隔てる壁に穴が空いていたら、あなたはどうするでしょうか。主人公である作家真木栗勉は当然のぞくのが人間の性だといって、絶対覗かないと言いはる担当編集者の浅香に偽善者のレッテルを貼るのです。
狭い部屋で、覗きに没頭する真木栗。熱中していて自分がどんなヘンな格好で覗いているのかも気にしていないのです。そこを浅香に見つかったときにヨガのポーズと言いはるところが可笑しかったです。
穴というものには、エロティシズムとミステリーが漂います。特に隣室に越してくる妖しい女佐緒里は、清楚な美人。ところが穴から覗く男たちとの情事では、まるで別人のように悩ましく求め、喘いでいるのでした。
築後40年の古いアパートという背景のなかでの情事。それを壁に空いた穴から覗くシーンは、大昔のロマンポルノの雰囲気が漂っていたのです。
ところがこの情事、不思議なことに真木栗が描く官能小説の筋書き通り、佐緒里と接触した男たちが、突如佐緒里と関係を持ってしまうのです。それだけでなく接触した男たちは、交わって数日で次々に怪死していくのです。
詩文の小説の架空の世界と現実とがリンクする事態に、のぞき見の好奇心と不可解な恐怖感が真木栗を狂わしていくのでした。
そして、テレビのニュースで隣に住んでいるはずの佐緒里がすでに元夫と心中していること。住んでいるアパートは幽霊のたまり場であることを知った真木栗は愕然とします。 もうその頃には、真木栗は何かに憑かれたように、痩せこけていくのでした。それでも真木栗は、田舎から贈られた梅酒をもって、隣に住む佐緒里に届けます。二人で肩を寄せ合いながら、酒を酌み交わすのでした。
それは真木栗の妄想なのでしょうか。現実なのでしょうか。監督はどちらともとれる絵作りをしています。妄想が現実となり得る、不思議な時間のない場所に存在する映画なんですね。
映画の舞台となった古都・鎌倉。その一角にひっそりある、緑と水に濡れた釈迦堂切通し。そこは現実と幻想の境界のよう。この場所を超えて、舞台となる真木栗のアパートの領域に入れば、混沌としていきます。懐かしもあり恐いところでした。
深川栄洋監督と主演西島秀俊が誘う、日常の、その先にある「幻想の世界」を見事に描き出しています。ごく普通の作家が穴を通じても狂気の主人公に変容していくところはすごくよく演じていました。
深川監督の演出は、「きみの友だち」なみにスローテンポで、芝居をじっくり見せるタイプでした。
佐緒里を演じた粟田麗は、清楚さの中に漂うエロティシズムが白い日傘に映え、まるで古き良き日本映画のヒロインのようでした。「昭和モダン」の薫りがたちこめる女優としてベテラン監督から重宝がられているのも頷けます。
そして、キムラ緑子、北村有起哉、松金よね子、田中哲司、利重剛らの実力派が若い監督をしっかり支えて重厚感を醸し出していました。
ラストの余り説明しない終わり方には、いささか不満はあるものの、古都鎌倉を舞台に舞台に、本のページをめくるように物語は、妖しく展開し、白日夢のような世界に誘われることでしょう。
ホラーまでは見に行かないけど、不思議世界に浸りたい方にお勧めします。