「私たちは芸術の中に生きている~きっと音楽の歓びを分かち合えます」オーケストラの向こう側 フィラデルフィア管弦楽団の秘密 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0私たちは芸術の中に生きている~きっと音楽の歓びを分かち合えます

2008年5月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 クラッシックがお好きなら必見の作品です。
 普段なにげに聞いているオーケストラの指揮者には関心を持ったことがあるでしょうけれど、楽団員ひとりひとりの人となりやどんなことをイメージして聞いている人は少ないでしょう。
 この作品では、フィラデルフィア管弦楽団を5年間かけて密着取材し、楽団員ひとりひとりの音楽性や日常生活にまで肉薄することで、一流オーケストラの豊かな表現力の源泉に迫ったものです。
 アンカー監督は、まず音楽とは何かという問いかけから始めました。この問いには、あなたはなぜ音楽と関わったのですかというモチベーションの問いかけでもありました。
 インタビューのため集まった10名程度の楽団員は、いきなりの質問で戸惑いながらも、こう答えていました。音楽とは、表現されるべきテーマを聴衆へと伝えていく手段の一つ。そしてその間を仲介するのがわれわれプロの使命であると。
 次ぎに、映像は楽団員のオフタイムを個々に紹介していきます。伝統楽団だからといって楽団員の全てが元々クラッシックを目指していたわけではありません。自分が好きな音楽が別にあるというひとが結構いて驚きました。
 ここであるベテラン楽団員が、悩みを打ち明けます。音楽が個性を表現し、それを伝えていくものではあるのだけれど、オーケストラでは全体を調和させなければならない。自分を表現できないことに不満を感じることもあったと。
 コンサートマスターのディヴィッドは、ソリストを断念したときの苦悩を語ります。オーケストラは、調和の名の下に音楽家の個性を殺してしまうものなのでしょうか。

 ベテラン楽団員が言葉を続けます。
 楽団員には二通りある。ひとりは指揮者の命ずることに忠実に演奏するタイプ。もうひとりは命じられたなかでも精一杯自分らしさを表現するタイプ。楽譜通りでなくて、個性ではみ出す表現が加わることで、オーケストラに独自の響きが加わるのですと。
 そこで映像は、楽団員のオフタイムの独自の音楽活動を捉えていきます。生き生きとジャズに高じたり、カンツォーネを歌ったり、ラテンのリズムの熱中し、踊りながら演奏したり、音楽好きな彼らが、自分の個性に身を委ね、心ゆくまで楽しむ姿が紹介されていました。こうした個性的な感性が加わることで、フィラデルフィア管弦楽団ならでは響きが加わっているのだろうなぁと思いました。
 個性と調和。それは音楽の世界を超えて、ビジネス社会にも通じる普遍的な真理と言えます。

 後半は、楽団員の個ではなく全体の音楽性を高める取り組みが語られていきます。そして最後にこの言葉で締めくくられました。
 私たちの音が融合していって一体となったときの喜びは例えようもありません。それは完全なる自己表現であり、自由をえることなのです。神の世界の・・・。

 ミューズの美の女神の世界では、特定の宗派の人も、様々な才能の人も、個性の人も、美という概念を求めて行く中で、一体化していくものなのでしょう。そして、至福の美の世界では、個性は没することなく、美の構成要素として、完全な形で表現することができるのではないかと思いました。

 アンカー監督監督の構成は巧みで、細かくインタビューやルポ映像を演奏風景の合間に挟んでいき、単調さを防ぐばかりか、この作品の「音楽とは何か」というテーマをより鮮明に印象づけてくれました。

 のだめカンタービレでクラッシックに関心をもたれた方には、作品中名曲の数々がフィラデルフィア管弦楽団の素晴らしい演奏で流されていきます。入門映画としてもお勧めします。

流山の小地蔵