ベンジャミン・バトン 数奇な人生 : 映画評論・批評
2009年1月27日更新
2009年2月7日より丸の内ピカデリー1ほかにてロードショー
後戻りできない人生を歩む私たちの願いの結晶
老人として生まれた子供が、成長するにつれ若返り、赤ん坊として死ぬ。そんなとんでもない主人公の設定はすでに映画を見る前から広く伝わっていると思う。だがこれはホラー映画ではないわけだから、そこから生まれるさまざまな人生の問題と物語を、私たちは見ることになる。
切ないのは、子供の戦死を嘆き悲しむ時計職人が逆回りする時計を作ってしまったという、映画の冒頭に収められたエピソードがあるからだ。誰もが後戻りできない現実を生きている。いくら時計が逆回転したところで、その職人は息子を取り戻すことができるわけではないし、誰も過去をやり直せない。もちろん、老人から生まれて子供になるという逆戻りの人生を歩んだとしても……。
人間は前向きに進むことしかできない。だから主人公たちの年齢の変化がCGで鮮明に処理されていくとき、そのリアルさとそれゆえの不自然さに心底ドキドキしてしまう。そこに映っているのは生身の人間(俳優)ではなく、後戻りできない人生を歩む私たちの愛と悲しみと痛みが作り出した私たちの姿そのものではないかと、そんなふうに思えてくるのである。つまりそれこそ人類の願いの結晶であり夢のかけら。それを見ることで私たちは、この人生の痛みをある愛おしさとともに受け入れることができるようになる。そう、それこそ私たちが「物語」を必要とする理由だろう。
(樋口泰人)