コロッサル・ユース : 映画評論・批評

コロッサル・ユース

劇場公開日 2008年5月24日
2008年5月20日更新 2008年5月24日よりシアター・イメージフォーラムにてロードショー

時と共に積み重ねたものが存在感を生む

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年老いた男ベントゥーラが街をさすらっている。長年暮らしてきた貧民街は壊されつつあり、妻も出ていってしまった。振り向くと過去は夢のように消えている。過去がなければ、未来へ続く道も見つからない。もはや彼は亡霊である。さまよう姿は、かつてそこにあり今は失われてしまった何かの余韻を辿っているかのようだ。

監督のペドロ・コスタは映像に強いコントラストを加え、影を闇のごとく濃くすることで、過去がじわじわと侵食して現在を飲み込もうとしているように見せる。一方、彼の転居先である新築の集合住宅は真っ白である。壁も床も、まだ住人の歴史を生み出していない。今度はコントラストが眩しい空間を作り出し、存在を消し去るかのごとく彼の影すら映さない。そこからどちらの世界にも属さない男の孤独が見えてくる。

ベントゥーラは町を幾度となく往復し、会話は詩のように反復される。まるで歩きながら自分の足跡を刻印していくかのように。ビートだった彼の旅は反復を繰り返すうちにやがてメロディとなる。すると彼にしか見えていなかったものが観客にも見えてくる。いや、聞こえてくると言うべきか。

人の存在、町の存在、建物の存在。時と共に積み重ねたものが存在感を生む。存在が物語を生み、逆は決してない。人を通して見えざるものを見せてしまうペドロ・コスタの作品には、映画の原点ともいうべきマジックがある。

(木村満里子)

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