「Empathy 本当にその相手の心情になって受け入れてみる。そのチャレンジ。」ラースと、その彼女 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
Empathy 本当にその相手の心情になって受け入れてみる。そのチャレンジ。
さて、お休みの日曜日、
どんな映画を観ましょうかね。
「怪物」を観るべきだと是枝さんは訴え、
「君たちはどう生きるか」と宮崎駿さんは僕に詰め寄り、
「響け!情熱のムリガンダム」でどうでっしゃろ?と、チェック映画館の支配人はインドの太鼓を打ち鳴らして強烈な客引きをしている。
でもねー、
連日の熱波でダウンしてしまった僕としては「怪物」との闘いや、押し売り的「人生訓」の標語や、「暑苦しい長編」はちょっと御免こうむりたい心境で、
で、
ライアン・ゴズリング主演の、「引きこもり」の「対人恐怖症」物をゲオで借りました。
カーテンを閉めて、エアコンを付けて、チーズクラッカーをポリポリかじりながら、マグを片手に休日の一日。
僕もラースとおんなじに引きこもりです(笑)
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開幕からもう笑いが止まりません。
でも最後に心に落ちたのは
必要があってラースの所にやってきたある”妄想“について、
・それはラースにとっては実在するのだと、
・それはラースにとって今必要な事なのだと、
周囲がそれに気付くことの勧めなのでした。
カウンセリングを必要としていたのは、実は兄夫婦も一緒だったのだと だんだんと判明してゆく、その展開がまた秀逸で温かなのです。
早くして両親を亡くした兄弟が、子供ながらにたくさん堪(こら)えていた、まだ誰にも打ち明けていなかった ― そんな過去の寂しさとか心の傷とかを、
兄と弟はビアンカの口と存在を介して、初めて言い表すことが出来たのですね。
友人ビアンカを得て、堰を切ったようにラースは語りだす。
僕の涙腺も堰を切って崩壊です。
「ビアンカのご両親は早くに亡くなったんだ」。
「ビアンカはうまく喋れないんだ」。
「ビアンカは子供を産めない」。
・母親を出産で死なせたことの負い目を初めて口に出来て、
・兄ちゃんに置いていかれた日の不安を思い出して自覚して、
・兄ちゃんが家を捨てた日の兄ちゃんの気持ちと謝罪を弟ラースが受け入れた地下室での対話。
幼児のまま閉ざされていた口が、ついに真実を吐露した瞬間でした。
それでビアンカは この家にやってきた使命を終えるのです。
・ ・
好きな彼女も出来ました。
お母さんが編んでくれたブランケットも、じきにその役割を終えていくんでしょう。
春の雪解けが嬉しいエンディングでした。
イースターの復活祭を祝いつつ、ビアンカにさよならをするお葬式で物語は閉じます。
「人形」や「スマホの女声AI」を介して、人が慰めと癒しを与えられるというストーリー・コンセプトは、洋邦問わず他作品にもいくつかありますが、その“事件”を個人の秘話に留めるのではなく、街ぐるみでの戸惑いから⇒新生のドラマに展開させていくというこの映画。
黙っていたラースやビアンカに対して、町民たちは、今度は自分たちこそ語りかけるべき言葉がなかったかとそれを探し始めたのでした。
お兄さんのガスは影の主役。
すっごく良かった。
愛と 示唆と 勇気に富んでおり、ハートウォーミングなお話でした。本当に良かったです。
いい休養の日曜日になりました。
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◆主演のライアン・ゴズリングは、ラース役にぴったりでした。
彼の出演作のDVDは、「巻末の特典」でそのインタビュー光景などを見ると、その人となりがよく判ります。
彼はフリートークはとても下手です。上手く喋れずに言葉に詰まります。インタビューの緊張でしきりに顎を触ってしまいます。目も泳いでいます。
すごくナイーブでセンシティブな人ですよね。脚本をもらって「このラースは僕に似ている!」と きっと思ったに違いありません。
台本をもらえば、台本に助けられて声が出せて、なんとか一生懸命演じられるかもしれない
・・それがラースそのものにして Mr.サンシャイン。大スター=ライアン・ゴズリングなのだと感じました。
◆子供には《自己表現のアイテムとして》人形やぬいぐるみが必要なのだと、よりはっきりと指し示した作品としては、ベッド・ミドラーの「かぞくモメはじめました」もなかなかでした。
こちらもオススメ。