「交差する会話劇の計算された台詞と丁寧な日常生活の描写にある是枝監督の演出力」歩いても 歩いても Gustav (グスタフ)さんの映画レビュー(感想・評価)
交差する会話劇の計算された台詞と丁寧な日常生活の描写にある是枝監督の演出力
15年前に人命救助で犠牲になった兄純平の命日の夏の終わりに帰省した横山良多を主人公にした一泊二日の家族の情景。日常の飾らない生活風景を自然に演出する是枝監督の視点が、どの登場人物も美化せず、そのありのままの感情を的確で時に辛辣な台詞の会話劇としてじっくりと見せる。偏狭な日本家屋故の交差する会話のリアリティが、一人ひとりを浮かび上がらせる映画的な技法。作劇上で興味深いのが、妻ゆかりの連れ子あつしを亡くなった純平の化身のような立場にして、冷静に寡黙に横山家を見詰める構図である。母とし子と良太一家の墓参り場面では、あつしと墓石を並べたカットを入れ、夕食のうな重を食べるシーンでは、母とし子と父恭平の間にあつしを座らせる。そのお蔭で部外者である観客の第三者の視点が、あつしを介して映画の中にすんなりと入っていける心地良さがあるが、問題を解決できないで後悔する家族の生きる苦々しさが後味として残る。演出で過剰なのが、助けられた少年の成長した容姿。ワイシャツを汗びっしょりにさせた肥満体に泥まみれの靴下を履かせ、尚且つあつしに笑わせているところ。息子を失った母の遣りきれない喪失感を良多に打ち明けるとし子の残酷な言葉の正当性を裏付けるが、パチンコで不満を解消する設定と併せて、女優樹木希林の演技の質とはかけ離れた違和感を覚える。
ラスト、4人になった良太家族のお墓参りのエンディングは余計ではないだろうか。良多のモノローグが被さる、階段を上がり消えゆく老夫婦のショットで余韻は充分出ていると思うのだが。しかし、細部に渡り計算された台詞の構成力や百日紅の花を使った映像美などにある是枝監督の演出の拘りには感心しました。情愛の美しさを描く日本的な映画美学から隔絶しても、居心地の悪さを感じながら歩いていく人生の悲哀を抽出した、紛れもない日本の何処かにあるであろうホームドラマになっています。演技面では、樹木希林と夏川結衣が特に良かった。