「永久に蝶の夢を見る。」潜水服は蝶の夢を見る Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
永久に蝶の夢を見る。
ポエジーなタイトルとは裏腹に、ロックイン・シンドロームに陥った男の瞬きから生まれた自伝。右目以外の全身が麻痺しているのに、意識だけははっきりとしている状態の計り知れない苦痛。前半、一人称のカメラ(主人公ジャン=ドーの目線)は、彼の“見える世界”を映し出す。右目の前に顔を近づけないと真正面にいる人でさえ判別つかない狭い世界。テレビのチャンネルを変えることも、カーテンを開けることもできない。硬い潜水服にロックインされた彼の意識は、右目前に現れる風景を必死で手繰り寄せる。やがてその意識は、記憶と想像力の蝶となり、自由に時空を飛びまわる・・・。右目の瞬きを使ってアルファベットを伝えるコミュニケーションを覚えてから、一人称だったカメラは彼の想像力のように自由に飛び回るようになる。映し出される映像は、時に幻想的で、時にリアルで、そんな風景が美しい。虚実ないまぜのストーリー展開だが、根底にあるのは静かな絶望感。人気ファッション誌「ELLE」の編集者で、仕事にも女性にも家庭にも不自由していない栄光の人生から一瞬の転落。それでもモテる男の周囲には、何故か女性がむらがる(笑)。妻以外にも、言語療法士や彼の瞬きを読み取る口述筆記者など、献身的に尽くす彼女たちの忍耐と努力によって、生きる希望を見出すジャン=ドー。死生観や宗教観などもはさみつつ、全編が静かで知的な雰囲気なのは、現実を受け入れ、希望を持ったジャン=ドーの心情そのまま。ひらりひらりと蝶はどこまでも飛んで行くが、ゆっくりと沈んでゆく潜水服は微かな死の予感を孕む・・・。20万回の瞬きで綴られた蝶の夢。海底に沈んだ潜水服は、おそらく今もなお、永久に蝶の夢を見続けていることだろう・・・。