「若い世代に伝える戦争エンターテインメント」ヒトラーの贋札 Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
若い世代に伝える戦争エンターテインメント
物語はコンチネンタル・タンゴの調べと共に、モンテカルロの豪華カジノから始まる。華やかでエレガントな幕開けだ。しかし、その華やかさはユダヤ人強制収容所に舞台を移すことで、夢のごとく消え去る。
本作は、紙幣偽造によって、敵国の経済を混乱に貶めるために、ナチが行った「ベルンハルト作戦」に携わったユダヤ人収容者の実話。この作戦のために、一般のユダヤ人強制収容所から、贋作師、印刷工を始めとする技術者たちが集められ、優遇された収容所生活を送りながら、命がけで贋札を作る物語だ。強制収容所ものは多数作られているが、紙幣偽造を扱った点がまず異色だ。戦争は大量殺戮だけでなく、このよう大規模な犯罪も付随していた事実にまず衝撃を受ける。集められた技術者は、清潔なベッドと十分な食事、収容所内に流れる音楽や卓球台などの娯楽が与えられる。しかし、板塀一枚隔てた隣では、他のユダヤ人が毎日殺されている。偽造を続ける限り命は助かる、しかしそれによって、戦争は長びき、自分の家族が知らない所で殺されていく。命をとるか、正義をとるか…。
ハンディーカメラでドキュメンタリータッチに捉えた映像。閉塞的な暗く冷たい画面とは対照に、バックには、オペラのアリアなどの流麗な音楽。この音楽が重苦しくなりがちな物語をエレガントなエンターテインメント作品としている。これは決して軽薄な措置ではなく、原作者のブルガー氏が使命としている「悲惨な戦争体験を若い世代に伝える」手段として必要不可欠なことだと思う。戦争経験のない若い世代は、とかく辛い現実に目をそむけたがる。苦しみに慣れない平和世代の弱い心は誰も責められない。過酷すぎる事実を、オブラートに包むことで、主人公のやりきれなさ、切なさが強調できた。「生き残った」主人公が、夜の砂浜でタンゴを踊るラストシーンの美しさの裏に、歴史的悲劇が深く刻まれていることは、決して忘れることはできない。