「全然環境問題らしき前振りが皆無なのが問題。それでも本作は本当に宇宙人から地球に向けた警告メッセージなのかもしれませんね。」地球が静止する日 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
全然環境問題らしき前振りが皆無なのが問題。それでも本作は本当に宇宙人から地球に向けた警告メッセージなのかもしれませんね。
VFXには巨額な予算をかけていて、巨大な競技場が一瞬にして消えるなどさすがハリウッド映画ならではとは、ため息ついたしだいですぅ。う~む(^^ゞ
それにしても、話が陳腐すぎます。
異星人に対峙するアメリカ軍と大統領は、抵抗しても無駄だと解っているのに、恐怖心から攻撃してかえって被害を増やしてしまうことを繰り返してしまうところなんぞ、アホとしか思えない所行。
これでは、クラトゥに地球人は野蛮な危険分子と思われても仕方ありません。もう少し、国家の意思決定においてどんな葛藤があったのか描くべきでした。
クラトゥも一つの人類の生殺与奪をジャッジする権限を持ちながら、たった一人の親子の愛情に感激して、地球をあっさり許してしまうところは単純すぎるお人好しです。
もちろん伏線はありました。
何年も前に地球に潜り込んで地球人を観察してきた先輩異星人と再会したとき、クラトゥが気になる一言を先輩は言い残したのです。
たとえ地球人と共に死ぬことになったとしても、私はここに残ると。言葉に言い出しがたいが、地球人に惹かれてしまうところがあって、離れるわけにはいかないというのです。愛の力は、異星人の心も動かすのでしょうか。その一言が、ずっとクラトゥの疑問となって、判断を変えていくきっかけとなったのです。
先輩異星人が、たとえ死ぬことが必至でも地球に残ると言わしめた愛情物語はぜひスピンオフしてみてみたいものです。
一つの星の運命を決めるなら、クラトゥはワールドワイドに世界各地で暮らす人類の慎ましく生きている人たちにもとも対話すべきです。HEROSだってヒロ中村を登場させて、日本に敬意を払っているのですから、クラトゥの地球第2位の経済大国を完全に無視しているところは、日本人として許しがたしですなぁ。
そして異星人が人類を地球の生存のために抹殺する動機がよく分かりません。リメークされる50年前の前作では、冷戦時代のさなか核兵器を禁止させる目的がありました。
これは実際にアメリカの核基地ロズウェル上空に1947年7月大量のUFOが渡来したように、宇宙人が地球を監視続ける動機になっています。
もしアメリカとイスラム原理諸国との間で、核大戦の危機が現実となったら、『地球の静止する日』同様の事態が起こる可能性は高いでしょう。
けれども監督は設定を変更し、環境問題をやり玉に挙げています。だけれど全然環境問題らしき前振りが皆無なのです。
むしろクラトゥが問題にしていたのは、地球人同士のいがみ合う心、その悪想念の集積を断罪していたのではないかと考えた方が、ずっと辻褄が合います。それだったら、一人の親子の愛情を見ただけでも、地球人の霊性が向上していく可能性を信じて、とりあえず撤退しようとしても不思議ではなかったでしょう。
ところで、クラトゥはなかなか悟りの深い異星人でありました。ヒロインのクララの血の繋がらない息子ジェイコブがクラトゥを父の眠る墓所に招き、父親を不思議な力で蘇らせてとせがむときの一言。
「悲しみことはない。いのちに終わりがないから。」と。いのちが輪廻転生することはは、仏教だけでなく宇宙の法でも常識であったようです。
陳腐なストーリーながら、クラトゥが語る人類への警鐘は、無視できないほど妙に説得力があります。
小惑星接近など、2012年周辺に地球規模の危機が騒がれている現代に、単なるSFとして笑い飛ばしていられないシリアスな問題は多々あります。
ひょっしたら、本作は本当に宇宙人から地球に向けた警告メッセージなのかもしれませんね。