「野生の王国~衛星パンドラ編」アバター(2009) かみぃさんの映画レビュー(感想・評価)
野生の王国~衛星パンドラ編
自ブログより抜粋で。
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3D字幕版での鑑賞。運良くど真ん中のベストポジションで観ることができた。
なにはともあれ革命的と言われるその映像面。これはもう完璧で申し分ない。
(中略)
3Dを活かした立体的な映像もさることながら、この映画でなにより驚愕されるのは、舞台となる架空の星パンドラの世界観そのものだ。
SFとは映像だと言わんばかりの迫真の映像世界がそこに広がる。
地形や動植物の造型はもとより、その生態系や習性、原住民ナヴィの生活習慣、独自の言語体系にいたるまで、相当綿密に考証されていることが映画の端々からうかがい知れる。
これまさに「野生の王国~衛星パンドラ編」。「宇宙ウルルン滞在記~衛星パンドラの美しき大自然と寄りそって暮らす素朴な原住民ナヴィに…元海兵隊員ジョイクが出会った」でもいいが。
付け加えると、導入部の宇宙ステーションや基地内の近未来的計器などもはなはだ“らしく”存在して、SF映画の真骨頂。
とまあ、躍動感に満ちた演出も含め、映像的なところはまったくケチの付けようがない素晴らしいもの。
ただねぇ、脚本がちょっと残念な出来でして。
設定はよく考えられているし、エモーショナルな演出にもごまかされそうになるんだけれど、どうも詰めが甘い。
ひとつには予告から予想された通りの平凡なお話ってのもある。
でもそれは米アカデミー賞受賞作『ダンス・ウィズ・ウルブス』(1990年、監督:ケビン・コスナー)に代表される異文化に触れて解り合うお話の王道ってことであって、それだけならそんなに残念てことにはならなかったはず。
キャメロン監督の代表作『タイタニック』は教科書通りのロミオとジュリエット物語だったし、『ターミネーター』だって巻き込まれ型アクションの典型。
このようにキャメロン監督には王道を上手に料理してみせる確かな腕があるし、その実力はこの映画でも遺憾なく発揮されている。
だからそんな大枠は否定しないんだけど、些細な引っかかりの積み重ねが、目に余るアラに感じられてしまった。
シガーニー・ウィーバー演じる科学者グレースはいまひとつ立ち位置がはっきりしなかったのに、いつのまにか“イイもん”になってた印象だし、戦場で生死を賭けて戦っていた元海兵隊員ジョイクが、きっと彼が初めて目にするであろう未知の果実を「食べて大丈夫?」との躊躇もなくすぐさまかぶりついたのも不思議だったし、訳あって閉じ込められたジョイクたちを助け出す面々に「お前ら、いつの間にそこまで仲間意識が強まってた?」と怪訝に感じた。
ヒロイン・ネイティリのクライマックスでのジョイクに対する心変わりも、ん?って感じ。まあ、女心は変わりやすいっていうけどさぁ、あれじゃ展開優先のご都合主義でしょ。
また、SFとしても、架空の星の世界観をよくぞここまで作り上げたなと感心はするんだけれど、一方で、根幹の目的である地球人が命がけで奪おうとする鉱石“アンオブタニウム”の説明はただ高価っていうだけで、なぜその鉱石が凄いのかはまるでわからずじまい。
細かいことを言えば、原住民ナヴィの肌が青いのもSF的になんか理由付けがあるのかもと思っていたんだけれど、それは言及されず。
鉱石については、机の上で浮いていたので、ひょっとしたら『天空の城ラピュタ』(1986年、監督:宮崎駿)に出てくる“飛行石”みたいなものだったのかもしれないけれど、単に地球人側の技術で浮いていただけっていうことも捨てきれない。
ナヴィの青い肌にいたっては、「イエロー・モンキー」ならぬ「ブルー・モンキー」っていう卑下したセリフがあったので、白人、黒人、黄色人種といった、地球上のどの人種にも合致しない色ってことで青が選ばれたんだろう。これなんかSFとしての理由付けはおざなりに、大人の事情で決められたって気がする。
たぶん、これを読んでくださる読者の中には、鉱石や青い肌の設定にケチを付けるのは、アラ探しを通り越して難癖付けてるだけと思われる方もいよう。
でも筆者としては、この映画がSF映画としてよく練られているからこそ、逆にそこが致命的と感じてしまう。
これすなわち「センス・オブ・ワンダー」の欠如。
(中略)
一方、鉱石や青い肌については、SF的な突き詰め不足で、センス・オブ・ワンダーの欠落というのは、それこそ感覚的なものなの。筆者がなんでそこに引っかかるのか、わからない人には説明しても理解できないと思う。
別の映画で例えるなら、宇宙を舞台にしたSF映画として今なお絶大な人気を誇る『スター・ウォーズ』(1977年、監督:ジョージ・ルーカス)を、筆者は「ただの、宇宙を舞台にした戦争映画じゃん」としか思わなかった。『スター・ウォーズ』にはSFのくくりでの魅力は感じなかったということだ。
『スター・ウォーズ』が映画として面白いかどうかというのとは別の問題で、SF的魅力は乏しいという感覚を共有できるSFファンは少なからずいると思う。
この『アバター』も「SFは映像」という面ではもの凄く良くできているんだけれど、だからこそ余計に感覚的な不満がつのる。
この映画を観て、映像的には凄いと思うんだけど、でもなんかSF的にもの足りないと感じたなら、直感的にセンス・オブ・ワンダーの欠如に気付いているんだと思ってまず間違いない。