真昼の欲情のレビュー・感想・評価
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真昼の欲情
「タバコ・ロード」に続くアースキン・コールドウェル原作によるベスト・セラー小説の映画化である。ジョージア州の貧困農場の主タイ・タイ(ロバート・ライアン)は、農業を放棄し、亡き祖父がその昔庭に埋めたという言い伝えのある幻の金発掘に命を賭けており、これだけを15年間も続けている。しかも二人の成人した息子である次男のバック(ジャック・ロード)と三男ショウ(ヴィック・モロウ)までも巻き込んでだ。二人の息子達もこれを全く疑わず、一家揃って広大な農場を掘り返し、ひたすら巨大な穴だらけにしているのだ。
もうこの設定自体が異常である。まるで『最前線』の戦地のような光景なのだ。とても農場には見えない。アメリカ南部の平原である筈が、まるでトーチカだらけの戦場風景になってしまっているのだ。クレージーな親子三人がひたすらスコップを抱えて、穴を掘りまくる。そんな光景をカメラマンのアーネスト・ハラーはクレーンを使用した非常に緩やかな長廻しで、「最前線」にも似た3次元的空間を縦横無尽に移動していく流麗なカメラワークで描き出す。
ところでこの一家救いの無さは埋蔵金探しに留まらず、下記のような次第である。
次男バックには、グラマーで美しい嫁グリゼルダ(ティナ・ルイーズ)が居るが、彼女が昔の恋人であるウィル(アルド・レイ)に今も想いを寄せているのではないかと執拗に疑いを掛けている。ウィルはタイ・タイの長女ロザムンド(ヘレン・ウェスコット)と結婚してはいるものの、働いていた紡績工場が閉鎖したせいで無職であり、昼間から酒浸りのアル中男である。しかもグリゼルダに未練があり、執拗に彼女を追い回したりする。タイ・タイの次女ジルちゃん(フェイ・スペイン)は、どうしようもない男好きで次から次へと男を変えては遊び回っている。その彼女にゾッコン惚れているものの、相手にされない少々オツムがおかしい太った小男プルートを演じるのがバディ・ハケットである。「おかしなおかしなおかしな世界 ('63)」で、あの名優ミッキー・ルーニーと組んで狂気を振りまいたのとほぼ同じキャラなのである。こんな農場と家族を捨て、遺産目当てで綿花ブローカーの後家と結婚し、唯一大金持ちになっているのが長男のジム・レズリー(ランス・フラー)だが、妻にも先立たれ、タイ・タイ一家とも心を通わすこともない。但し、この男もやはりグリゼルダを狙っている事が分かって来る。皆、狂っていて唯一まともなのは黒人の使用人(レックス・イングラム)だけなのだ!こんな面々が物欲と色情を巡って対立し合い、やがて暴力が暴力を生む事態へとエスカレートしていく。
貧しく捌け口の無いアメリカ南部のプア・ホワイト一家を主人公に据えた本能剥き出しの欲情と暴力に満ちたノワール度満載の人間ドラマ!・・・と言いたくなるのだが、監督アンソニー・マンの演出は、原作に描かれている検閲スレスレの煽情的描写をうまく抑え、エルマー・バーンスタインによる軽快なテンポの名スコアに合わせたスラップスティック的なドタバタ騒動のエピソードを積み重ねていくスタイルを取る。余りにも退廃的なアメリカ南部社会の闇を原作のようにストレートには描かず、この一種コメディの形式を取りオブラートに包んだことが、結果的には観客の興味を失うことなく惹きつけ、且つ原作者コールドウェルの意図をも損なわないと言う理想的な作品に仕上がっている。
ほぼ「最前線」のスタッフ、キャストが再び集結して製作された作品であり、監督アンソニー・マンのフィルモグラフィーとしては、ヘンリー・フォンダ、アンソニー・パーキンス共演の秀作西部劇「胸に輝く星 ('57)」とゲーリー・クーパー主演のやはり西部劇「西部の人 ('58)」の間に収まる作品である。
「神の小さな土地(真昼の欲情)」は、非常に地味で異色な作品であるが故に、今まで再映、VIDEO発売などもまともにされず、また滅多にTV放映もされてこなかった為、アンソニー・マン監督作品中でも、随分と過小評価されて来たように思えてならないが、この映画作家を語る上で、非常に重要な作品であることはもはや疑いの余地がない。
ところでこの映画、監督がマンでは無く、ダグラス・サークだったら?ニコラス・レイだったら?或いはジョン・フォードだったら?
それこそ全く違った作品になっただろうなと想像するだけでも楽しい。
・ダグラス・サーク・・・暗く切ないメロドラマ。
・ニコラス・レイ・・・全く救いの無い究極のノワール・ドラマ(観終わった後、当分立ち直れない程暗い気分に陥ることは間違いない。)
・ジョン・フォード・・・暗さにもめげない人情喜劇で笑い飛ばす!
アンソニー・マンの場合は、前記のような作品になった訳であり、ここにこそこの監督の才能と類稀なる器用さが伺えるのだ!フィルム・ノワールとミュージカル、ハリウッドの映画ジャンルにおいて、全くと言っていい程、相反し掛け離れた位置にあるこの二つの映画ジャンルを意図も容易に使い分け、演出して来た非凡な才能の持ち主ならでは世界。本来なら絶望的な程暗くシリアスである筈の本作を軽い軽妙なタッチで料理しつつ、しかしその根底にある重要なテーマは絶対に失わない。これこそがアンソニー・マンの世界だ。そういう意味でもこの作品は、彼のフィルモグラフィー中での一つの頂点であるのと同時に集大成と言っても決して過言ではないと思う。
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