「自由は焔の中に」酔画仙 因果さんの映画レビュー(感想・評価)
自由は焔の中に
韓国映画というと『シュリ』『JSA』以降のハリウッド的文法を呼吸したノワールアクションばかりが想起されがちだが、それ以前は本作のようなしみじみとした映画も多かった。
イム・グォンテクはその代表的作家であり、日本では「韓国の溝口健二」と評されている。残念ながら現代日本ではさほど顧みられる機会が少ない作家ではあるが、批評家の四方田犬彦などは韓国映画史における彼の重要性を幾度となく強調している。
本作は李氏朝鮮時代末期の混沌を生きた一人の画家の伝記映画だ。清国と日本との間で翻弄される小国の悲哀といったものが全編に漲っており、そういう意味では戦後台湾史に鋭く切り込んだ侯孝賢『悲情城市』にも通じる射程を感じる。
チェ・ミンシク演じる画家のチャン・スンオプは国家的混乱の中を絵の才覚一つで豪放磊落に生き抜いている。才能を良いことに酒と女をかっ喰らう彼の態度はもはや傲慢の域にも近いといえるが、複雑な政治的背景の中にあってはある種の抵抗として立ち現れている。
しかしそれだけ激烈な個人でさえ飲み込んでしまう歴史の波濤。空を覆い尽くさんばかりの鳥の群れとそれを見上げるミンシクの構図には自由と抑圧という対比性が容易に読み込める。賎民の苦境から画業一つで立身し、自由を手に入れたはずの彼は、いつしか宮廷画家となり、再び自由を封じられてしまった。
自由の条件が才能の有無ではないことを知った彼は空間からの逃避を図る。宮廷から逃げ出し、街から逃げ出し、そして人生から逃げ出した。
燃え盛る釜に身を横たえるという彼の最期は何とも皮肉めいている。紙に絵を描く者にとって最も忌避すべき炎の中にこそ、彼の安寧はあったのだ。
とにかくカット割が優れた映画だと思った。持続と切断のコントロールがとにかく上手い。編集でリズムを作るとはまさにこういうことなんだよ、というお手本のような映画だった。