「令和6年9月28日 新文芸坐「倒錯するカルト映画の世界」にて鑑賞③」リキッド・スカイ モアイさんの映画レビュー(感想・評価)
令和6年9月28日 新文芸坐「倒錯するカルト映画の世界」にて鑑賞③
令和6年9月28日 新文芸坐「倒錯するカルト映画の世界」の3本目。
この企画の上映作品は4作品。
「イレイザーヘッド」(77年)
「マルチプル・マニアックス」(70年)
「リキッド・スカイ」(82年)
「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」(68年)
今回の上映作品のなかで唯一のカラー作品で、1980年代初頭のファッション、音楽、ドラッグ、セックスを鮮烈な色彩で描いていく本作。
デュラン・デュランやカルチャー・クラブのヒットにより米国を席巻したニューロマンティック(第二次ブリティッシュ・インヴェイジョン)に代表される当時のヤングカルチャー特有の、華々しくセクシーでありながら妙に毒々しいという、そこはかとなく不健全な雰囲気を生々しく体感できる映画です。
オーガズムに達した人間の脳が生成する快楽物質。この快楽物質を捕食するエイリアンがある日ニューヨークに飛来し、とあるうら若き女性の住むアパートの屋上に潜伏するのです。
都会に住む容姿端麗な彼女の周りには彼女との肉体関係を求めるしょーもない男どもの影が絶えず、必然彼女の日常にはSEXが溢れているのです。つまりエイリアンにとってここは最高の狩場だった訳ですが、このエイリアンに脳が生成した快楽物質を捕食された人間はそのまま死んでしまいます。自分とのSEXでイッた相手が逝ってしまう事に当然戸惑う彼女ですが、死体も丸ごと跡形もなく消してくれる安心のアフターケア付き!という事もあり?その現象が繰り返されるうちにこれが姿の見えない何者かの仕業である事に気づき、やがてその姿の見えない何者かを自分を特別に庇護してくれる守護霊のような存在だと感じていくようになります。
都会の片隅で一見派手ながらも漠然と日々を磨り減らす彼女は、この降って湧いた特別な存在(力)を次第に自身の復讐心を満たすために意図して使うようになっていくのです―。
という控えめに言ってもバカな映画なのですが、ここで描かれる根無し草で自堕落で退廃的な青春を過ごす若者の姿は今の時代にも見られる実に普遍的なものだと感じるのです。
主人公の彼女はモデルの仕事をし、演劇科の教室にも通っていますが、それらの事に特別熱意をもって取り組んでいる様子はありません。それどころか生きること自体に上の空な感じさえする彼女は、時に親の社会的地位しか自慢が無いくだらないボンボンに強引に関係を結ばれ、また時にはしょぼくれた中年男の口車に流されるまま関係を持つという様な、彼女の見た目の華やかさとは裏腹に何ともくすんだ日常を生きているのです。
同時代の青春映画のヒット作「フラッシュダンス」(83年)の女性主人公が自分のやりたい事(夢)をしっかり持っていた事と比べるとあまりに情けなく映る本作の彼女なのですが、しかし「自分はこうありたい!」だとか「こうなりたい!」だとかいう確固とした信念のようなものを一体どれだけの人が若いうちから持っていたというのでしょうか?ヘタをするとそんなものは大人になったって持てやしません。
夢にひた向きな人の姿は美しいものです。しかしその姿勢を殊更に美化し、あまつさえそういう生き方が出来ない人は偽りの人生を生きているのだというような事を暗に言ってくる作品に対して、私は薄っすら反感を覚えます。(フラッシュダンスがそういう作品という事ではありません)
なので私にとっては本作で描かれるだらしない青春像の方が共感や憧れは無くとも好感は抱いてしまうのです。
また本作からはスティーヴン・スピルバーグの「未知との遭遇」(77年)の影響を強く感じます。
「未知との遭遇」では主人公の中年男がある晩UFOに遭遇した事から未知なる存在に強く魅入られ、最後には妻子を含めた地上での自身の現実を全て捨て去り宇宙へ旅立ってしまいますが、本作の主人公の彼女も自分に憑りつく未知なる存在に魅入られ、依存し、最後は自分の元から去ろうとする未知なる存在に追いすがり、地上での自身の現実から連れ去ってくれる事を強く望むのです。
「未知との遭遇」の主人公も本作の主人公の彼女も自分が生きる現実に「自分の人生こんなものなのかな?まぁこんなもんだろうな…」とタカを括っていたのではないかと思うのです。そういう先の見えた人生を打ち破るイメージも気力も湧かないところに既知の現実を超えた「未知」が現れたのなら、その「未知」に強力に惹き付けられてしまう心情は何か分かる気がします。
しかしそんな都合のいい他力本願で成就する人生があるのでしょうか?と言わんばかりに本作の主人公のラストは悲しいものです。(もしかしたら本人にとっては幸せな結末だったのかも知れませんが…)
そういう意味では一見ハッピーエンドに見えるけどよくよく考えると色々複雑な気持ちになる「未知との遭遇」のラストの方がよりタチが悪いという気もしてきますが…。それはともかく、監督や出演者はもちろん存在さえ知らなかった、私にとってまさに未知の存在だった本作。前情報なしの手探りで観る楽しさと相まってかなり興味深い1本でした。