「毎回、そのときの奥さんを自作の主演女優に据える恐ろしい男、クロード・ルルーシュ。」ライオンと呼ばれた男 じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)
毎回、そのときの奥さんを自作の主演女優に据える恐ろしい男、クロード・ルルーシュ。
ジャン=ポール・ベルモンド傑作選グランドフィナーレ、その2。
なんだか、不思議な話ではあった。
よくある初老男性のアイデンティティ・クライシスと、新たな人生を求めての放浪生活&冒険行を描くロードムーヴィーかとばかり思って観ていたら、さっさとじいさんは舞い戻って来て、傾きかけた自分の元いた会社にアフリカで調達した密偵を送り込んで、正体を隠したまま、会社の立て直しをはかりだして……。
ある種のコンゲーム映画とでもいうのか?
スーパーダディの俺様無双映画(笑)。
途中からまるで別のテイストに変化して、明らかに映画はB級のテイストに切り替わったが、ダメになったかというとむしろ逆で、前半より後半のほうが明らかに面白かったという……。
この特集上映でひとつ前に観た『レ・ミゼラブル』も、途中からジャンル・チェンジしたかのようにユダヤ人救出譚に切り替わって結構びっくりしたが、こうした転調や温度感の変化を中盤でかましてくるのが、クロード・ルルーシュ監督ならではの個性なのかもしれない。
捨て子の生まれで、苦労して成り上がって、大会社の社長にまで上り詰めて、家族のあいだでの問題もあって単身で暮らすことになるというのは、なんとなくジャン・ヴァルジャンを思わせるところのある設定で、もともとこのサム・リオンというキャラクターが『レ・ミゼラブル』を意識している(ないしは下敷きにしている)可能性もある。
7年後に、ジャン=ポール・ベルモンドに『レ・ミゼラブル』の主役をオファーする流れは、すでにここで出来ていたのだなあ、と。
『レ・ミゼラブル』同様、総じて面白い映画ではあるのだが、全体のバランスは悪く、一貫性に欠け、軽さと重さの切り替えが雑駁で、ゆるいシーンやこだわりの薄いシーンも多い。
前半のサーカス団の話が、ほとんど後半で生かされていない(娘とサーカスでのデートを繰り返す程度)とか、ヨットで嵐に立ち向かうシーンに緊迫感がまるでないとか、ライオンの前に身体をさらすシーンが猛烈にダサいとか、途中から子分が主役に切り替わってどんどん話がだらけていくとか、ホモセクシャルの扱いがまあまあひどいとか、ガソリンスタンドのシーンの茶番感がきついとか、違和感をあげだしたら、切りがない。
それでも、無双したおすダンディ・パパ、ジャン=ポール・ベルモンドは、ひたすらにかっこよかった。なんにせよ、それだけで十分な気もする。
以下、箇条書きでよしなしごとを。
●『男と女』のぐるぐる回るラストシーンと、『レ・ミゼラブル』のぐるぐる回る冒頭とラストの円舞シーンは明らかに呼応し合っていたが、本作でも、冒頭でサムが捨てられるシーンの「回転木馬」と、そのあとのサーカスでの馬に乗ってのアクロバットによって、「ぐるぐる回る」運動性は担保されている。ルルーシュにとって、「円環運動」は映画の本質にかかわるものなのかもしれない。
●サム・リオンの死んだ奥さん役と、娘さん役の女優がそれぞれ良く似ていて、さらにこの二人は『レ・ミゼラブル』のヒロイン・ゼマン夫人を演じたクロード・ルルーシュの嫁さん(アレサンドラ・マルティンヌ)および娘のサロメともよく似ている。こういう細身で吊り目のちょっとヘプバーンっぽい女優が、とにかく公的にも私的にもルルーシュの大好物だったんだろうなあ。
……などと思っていたら、パンフを見て驚愕。
娘のヴィクトリア役のマリー=ソフィー・Lって、この人もかつてクロード・ルルーシュの奥さんだったのか!! 92年まで結婚していて、子供も3人いるらしい。で、やっぱり6作くらいルルーシュ作品で主役もしくは準主役で出演しているとのこと。
要するに、『ライオンと呼ばれた男』のヒロインは三人目の奥さんで、『レ・ミゼラブル』のヒロインは四人目の奥さん、ヒロインの娘役は二人目の奥さんに産ませた子供というわけだ。
いやあ、クロード・ルルーシュ、マジですごいな。
その時期の自分にとっての「ミューズ」は、きちんと私生活でも我が物にしたうえで、続けざまに自作で主演させる。で、とうが立ってきたら、似た風貌の別の若いミューズに乗り換えて、やはり続けざまにヒロインとして登用する。うーむ、なかなかできない所業だ……。
●サーカス出身で、成り上がって、大企業の社長になって、その立場を放擲してふたたび旅に出るって、なんだかものすごく同じような話を観たことがある気がしていたのだが、デジャヴの正体はピエール・エテックスの『ヨーヨー』だった!
これだけ似ているのって、同じフランスの映画だし、意識している部分もあるんじゃないかなあ。象にのっかってピエール・エテックスが去ってゆく『ヨーヨー』のラストと、ライオンを従えて海を見やるジャン=ポール・ベルモンドのラストショットも、なんとなく呼応している気がするし。
●『レ・ミゼラブル』もそうだったが、全体的に音楽がうるさい(笑)。
あっちはまだピアノ曲が主体だったからいいけど、こちらは声付きの映画のためにつくられたようなシャンソンがのべつ流れていて、結構ダサい。これ、フランスのネイティヴは聴いていてどんな気持ちなんだろう? 俺とか、邦画の決め所で歌詞付きのイタい歌(あいみょんみたいなの)が流れると、恥ずかしくてケツがかゆくなってすぐさま映画館から帰りたくなるけどね(笑)。
●お殿様が身分を隠して世直し旅、というのは、まあ実は物語としては王道中の王道なわけだけど、相手が「実子」ってのがちょっとクセが強いよね。まして能力の低い「実子」には男色の気まであって、社員を誘いまくって困ってるみたいな設定は、若干やりすぎな気もする。でも、このへんの軽めの企業ものコメディに変貌したあたりから、映画は俄然面白くなって、最後はロマンティック・コメディ化。みんながワイワイ集まって底抜けのハッピーエンドで幕というのは、源氏鶏太を読んでるみたいなもんで、気楽に楽しめた。
●パンフを見ると、「ベルモンド映画へのオマージュ満載で流麗に描く」とあるけど、あんまりたくさんはベルモンド映画を観られていないので、俺にはしょうじきよくわからない。変装したベルモンドが、ベルギー人のふりして訛りながらしゃべるあたりが、おちゃらけスパイものを想起させるくらいかなあ。
●結局、クロード・ルルーシュがやりたいことって、『ライオンと呼ばれた男』にせよ『レ・ミゼラブル』にせよ、「家族の絆」の話なんだよな。で、そこに「継子」の存在が絡むと。
じゃいさん、コメントありがとうございます!ベルモンド、顔しか知りませんでしたが、2020年から今年まで4回に上映されたベルモンド傑作選でベルモンドの素晴らしさを知りました。ベルモンド愛がデカい江戸木買い付け苦労などのおかげだと思います。若いベルモンドがジャン・ギャバンと共演の「冬の猿」はアクションでないベルモンドで素晴らしい映画人生だと思います(もしご覧になってたらすみません)!