「ヒッチコック作品の中で最も分かり易い映画テクニックを駆使した傑作の普遍的な面白さ」見知らぬ乗客 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
ヒッチコック作品の中で最も分かり易い映画テクニックを駆使した傑作の普遍的な面白さ
原作が「太陽がいっぱい」のパトリシア・ハイスミスで、脚本にレイモンド・チャンドラーが加わっているヒッチコック監督の代表作。恒例のヒッチコック登場シーンでは、主人公が故郷の駅のプラットホームに降りるところで大きなコントラバスのケースを持って乗り込む。プロテニスの主人公はラケットを持っているが見た目は小さく、それに対して大きくて重そうな形の似たものを抱えているのが何とも可笑しい。物語は、交換殺人を持ち掛けられた主人公が、相手の異常性に気付いた時には既に犯行が行われており、告発しようにも自分が殺人犯の嫌疑を掛けられる窮地に追い詰められるというサスペンス。明晰なストーリーとスリリングな展開の良く練られたヒッチコック演出の完成度の高い傑作であり、分かり易い面白さが何より良い。その後、犯人の偽証拠作りの行動と主人公のテニス試合のクロスカッティングをクライマックスの導入部にして、ラスト、犯行現場の遊園地のメリーゴーラウンドの暴走シーンで盛り上げる緊張感が素晴らしい。犯行時のレンズに反射したメガネの撮り方、テニスの試合をただじっと見る観客席の犯人の不気味さ、犯人の父親宅に忍び込んで大きな番犬に遭遇するシーンの手を舐められるカットのスローモーション撮影、暴走するメリーゴーラウンドを止めるべく地を這いつくばり停止させるカットの早送り。随所にヒッチコック監督らしい映画の基本的な手法が散りばめられている。
また、犯人がパーティーに紛れ込んである婦人に絞殺テクニックを伝授しようとして気絶するシーンでは、カメラのズームと登場人物の会話を同調させながら最後恋人の妹の独白にもっていく。演劇的な表現と映画のカメラワークが一つに昇華したヒッチコック演出である。そして、モノクロ映像の特質を最大に端的に生かしたのが、主人公と警察官が乗ったタクシーが走っていくシーンの公共施設に佇む犯人の黒い姿。眼に突き刺さるほどの白い施設とのコントラストが生む異様さが、そのまま主人公が抱く不安と恐怖を増幅させる。
役者ではロバート・ウォーカーが少し弱いと思ったが、異常性格が徐々に明らかになるにつれて、その平均的な何処にも居そうな人相が返って効果的なことに気付く。この犯人の母親役の女優が、テレビドラマ「奥様は魔女」のドジなおば役で印象深いマリオン・ローンという人。出来の悪い息子を溺愛して、趣味はグロテスクで変ちくりんな絵を描く変人をそのままのように演じている。主人公の恋人に息子の危険性を指摘されても反応のない、この母にしてその息子ありと思わせる。主演ファーリー・グレンジャーは特別演技が巧いとは言えないかもしれないが、ヴィスコンティの「夏の嵐」とこのヒッチコック作品では、適役の存在感で好演している。