「「本当の自分」論争」マスク あかへるさんの映画レビュー(感想・評価)
「本当の自分」論争
周囲に気を遣ってばかりの、うだつの上がらないサラリーマンが「マスク」を手に入れることで自己を解放していく話。ここでのマスクは、「ペルソナ(社会的な役割)」、または「ペルソナを気にしすぎるペルソナ」を解放するモノとしての役割を果たす。
この映画を観るのは二度目で、数年前はよく理解できなかったが、改めて観ることで色々と発見をすることができた。
初見の際には、「仮面の自分」と「本当の自分」という二項対立で、最終的に「本当の自分がやっぱり素晴らしい」という陳腐なメッセージ性しか持たない映画なのかと思っていた。しかし、今回の視聴では「ある1シーン」に着目することで、全く違う印象を抱くことができた。
それは、主人公がヒロインの女性とデートの待ち合わせをする前に、社会心理学の教授と対話するシーンで、主人公は教授に対し、マスクをした自分と、マスクをしない自分、どちらでデートに行けば良いか尋ねる。すると、教授は、「どちらも素晴らしい君だ。マスクとしても、君としても会え。」と答える。これは、教授が半ば投げやりに言った言葉として取ることもできるが、「本当の自分などというものは存在せず、人間はさまざまなペルソナの集合体である。」と解釈することもできるのではないだろうか。
そうすると、この映画からは、「本当の自分vs仮面の自分」という二項対立ではなく、あらゆる自己を肯定するメッセージを読み取ることができる。
一点気になる部分としては、マスクの自分が起こした過ちに対する自己批判が足りないのではないか?と感じた。(エンディングで「マスク」と決別するシーンこそあったものの、物足りなかった。)
しかし、ジムキャリー演じるイプキスやペットのマイロくんのコミカルな演技が小気味よく、最後まで楽しんで鑑賞することができた。