劇場公開日 1997年9月6日

「現実が溶けていく・・・」マザー、サン neonrgさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 現実が溶けていく・・・

2025年11月9日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

この映画は、物語というよりも夢のような幻視を体験する作品でした。お母さんと息子が最後の時間を過ごすだけの、ほとんど出来事のない映画なのですが、そこには現実と夢、意識と記憶のあわいのような世界が広がっています。

まず印象的だったのは、映像の質感です。ブルーレイで見ても、白い粒子のようなものがちらつき、細い線が時折走ります。最初はフィルムのノイズかと思いましたが、監督が油絵のような質感を求めて、わざとレンズやフィルターで歪ませていると知り、納得しました。まるで絵画の中に入り込むような感覚です。画面の歪みも意図的で、現実がゆっくりと溶けていくように見えます。

テーマとしては、やはり「神の不在」や「赦し」が根底にあるように感じました。神は姿を見せませんが、その代わりに母の存在そのものが聖像のように描かれています。つまり、神は不在ではなく、母という肉体の中に変換されている。静かな祈りのような映像でした。

監督自身が語っているように、この映画は「母と過ごした最後の時間を再構築した夢」です。現実では叶わなかった優しい別れの時間を、絵画的な世界の中で取り戻そうとした。そう思うと、あの優しい風の音や、淡く滲んだ光がいっそう切なく響きます。

観ているうちに、現実の感覚が薄れて、自分が夢を見ているのか映画を見ているのか分からなくなりました。けれど、それこそがこの作品の狙いだったのかもしれません。眠気とともに意識が漂うように、映画と自分の境界が溶けていく・・・。

静かで、深く、そしてどこか赦しのような映画でした。

評価: 88点

鑑賞方法: Blu-ray

neonrg