ヘンリー五世(1945)のレビュー・感想・評価
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舞台の美術とデザインが素晴らしいシェイクスピア演劇の個性溢れる演劇映画の彩り
ウィリアム・シェイクスピアが1599年の35歳頃に発表したといわれる史劇『The Life of Henry the Fifth』をイギリス演劇の名優ローレンス・オリヴィエが制作し、脚本、演出、主演を兼ねた舞台劇映画。「恋に落ちたシェイクスピア」にも登場した屋根なし円形劇場グローブ座が遠景のファーストシーンからパンアップされて、1600年当時の上演風景が観客も含めて描かれて開演する。フランス遠征の決断をする第一幕の幕が降りると、劇場に雨が降り注ぐ中、陽気な登場人物たちの寸劇ような楽しい芝居で観客たちを笑わせる。すると幕にズームアップして、フォルスタッフの死の場面からはセット撮影の映画らしくなり、クライマックスのアジャンクールの戦いは完全に屋外のロケ撮影になる。しかし、この映画の特筆すべきところは、戦闘シーン以外で表現された背景画の書き割りの色彩とデザインのユニークさであった。単純な遠近法ではなく、人物の動きに合わせたセットに溶け込む美術デザインが素晴らしく、ルネッサンス期の絵画のようでもあり、伝統芸術までに高められた舞台作りが他にない見事さであった。 第二次世界大戦のノルマンディー作戦があった1944年に要請され、国策映画の題材として選ばれたシェイクスピア劇でもある。ただ戦意高揚や愛国心を約500年前に実在したヘンリー五世(1387~1422)に託す形になった制作背景を知っても、それほど嫌悪感は感じない。ドイツや日本のような戦略的な意図でなく、威圧的でも強制的でもない。第四幕でヘンリー五世は、一兵士に変装して疲弊した兵士たちの声に直接耳を傾ける。そして翌朝、“聖クリスピンの祭日の演説”をする。自分に問うように兵士ひとりひとりに語りかけ、自ら先頭に立って戦場に向かう国王と、20世紀の戦争を企んで命令するだけの政治家には、大きな隔たりがあるからだ。 1948年の日本初公開では、日本の批評家から最も絶賛された作品だった。他に「我等の生涯の最良の年」「逢びき」「海の牙」「旅路の果て」「美女と野獣」「悪魔が夜来る」「失われた週末」「悲恋」「毒薬と老嬢」「ゾラの生涯」「三十四丁目の奇蹟」と名作がある中で、長い間疑問であった。理由として考えられる一番は、素晴らしい色彩映画がまだ一般的でなく、この年の色彩映画の良作はソビエト映画の「シベリア物語」ぐらいだったこと。次に鬼畜米英と反感を持っていた敵国の国策映画を評価するなんてあり得ないのに、前述の理由に加えて、シェイクスピアの古典的な演劇の充実した演出と演技には感心せざるを得なかったと想像する。イギリス演劇への劣等感もあったのではないだろうか。そう思えるほど、ローレンス・オリヴィエの堂々とした演技と朗々として流れるようなセリフ回しは素晴らしい。またアジャンクールの戦いの場面は迫力に欠けるも、当時の衣装や武器、馬の装飾などの美術も丁寧に再現されていて興味深い。17世紀初頭のシェイクスピア演劇の様子や雰囲気を知る上で、とても勉強になると思われる。フランス王女カトリーヌを演じたルネ・アシャーソンの可憐な乙女演技やシャルル六世のハーコート・ウィリアムズなどの助演も歴史劇には珍しいユーモアがあり、伝統と余裕が生んだイギリス演劇の個性豊かな映画作品であった。
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