劇場公開日 1998年9月26日

「ライアンを救ったことが、このクソ戦争の唯一の誇りだ(ホーヴァス軍曹)」プライベート・ライアン kazzさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ライアンを救ったことが、このクソ戦争の唯一の誇りだ(ホーヴァス軍曹)

2024年10月10日
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鑑賞方法:映画館

午前十時の映画祭14にて。

今も多くの映画ファンが戦争映画ジャンルのベスト・ワンにあげる、エポックを画した傑作。
ロードショー鑑賞時には、この臨場感に驚き、戦場では〝弾〟が飛んでくるのだと、当たり前の事を認識したのだった。

スピルバーグがロバート・キャパの戦場写真を参考にしたというのは有名な話。
キャパは戦場カメラマンとしてノルマンディー上陸作戦に同行し、多くの写真を残している。
戦争ドキュメンタリーのように描きたかったと、スピルバーグは当時語っていた。

この作品が後の戦争映画に技術的にもポリシー的にも大きく影響を与えたことは、言うまでもない。

「ママ、ママ」と泣き叫ぶ瀕死の負傷兵。
戦闘が終息したオマハ・ビーチに打ち寄せる血の波。
死んだ兵士がしたためた家族への手紙は生存兵に受け渡されていく。

今現在起きている戦争では、爆撃を受けた町の住民がスマートフォンで撮影した映像が世界中に流れる。我々は人のすぐ近くで爆弾が爆発する光景を目の当たりにする。
報道のカメラが見たものも短時間で配信される。血にまみれた子供たちの姿に戦慄しない人がいるだろうか。
兵士の体に装着されたカメラの映像が公開され、銃を人に向ける目線で戦場を見させられたりもするのだ。
わざわざ映画で見なくても戦争の残虐性は伝わる時代だ。
そんな時代においても、スピルバーグが訴えようとした人の命の尊さは、色・形を変えて世に問われ続けなければならない。
紛れもなく、戦争は〝殺し合い〟なのだと。

アメリカ国防省の「ソウル・サバイバー・ポリシー (生存者のための特別分離政策)」という指令は軍の規則になっていて、実際に兄弟が戦死したために帰還命令が出され除隊した兵士は何人もいるらしい。
この映画では、戦死した兄弟の残された最後の一人は生死も所在もつかめていないため、そのライアン二等兵(マット・デイモン)を探して連れ戻すというミッションがミラー大尉(トム・ハンクス)に下される。急遽組成された8名の中隊がたった一人の二等兵救出に命を懸けることになる。

物語の根幹であるこの作戦の他にも、大小のパラドックスが散りばめられている。
例えば、指令遂行を第一とするなら迂回すべき敵の砲台を、後続の味方部隊のために破壊しようとして隊員を失ってしまう。
例えば、降伏した敵兵を殺さず放免した指揮官が、後に自軍に戻ったその敵兵に撃たれてしまう。重ねて、その敵兵の銃殺を止めた男が、再び降伏したその敵兵を撃ち殺す。
つまり、ライアン救出指令のパラドックスをどう受け止めるかは重要ではない気がする。
戦争そのものが矛盾の上に成り立っているのだから。

戦場が人に狂気をもたらすことは、いくつかの名作が語っている。しかし、本作の登場人物たちはみな正常に思考しているのだ。
降伏したドイツ兵を銃殺しようとする兵士も、中隊長の指示に反発する部下に銃を向ける軍曹も、民間人の子供に自分の兄弟を重ねて助けようとする兵士も、それをやめさせようとする隊員たちも、誰もが戦場の、戦争の矛盾の中で思考し、行動している。
そして、神経と肉体を削っていくのだ。

改めてこの映画を観て、印象に残った場面が2つある。
1つ目:
ライアンの母親が3人の息子の戦死の知らせを受ける場面。母親は訪れたのが軍の幹部だと分かっただけで用件を聞く前にその場に崩折れてしまう。その後姿を家の中から逆光で捉えた胸に迫るシーンだ。
台詞がないというだけでなく、母親が用件を聞かずとも何の知らせかを理解する戦時下の極限状態を表現している。
2つ目:
人違いで別のライアン二等兵が兄弟の死を告げられる場面。人違いだと分かっても、小学生の弟たちが無事なのかが急に心配になって帰りたいとその兵士は泣き出すのだ。
ミラー大尉が彼に余計な心配事を背負わせてしまった、不条理で切ないシーンだ。

映画の最後に、年老いたライアン二等兵がミラー大尉の墓地の前で、自分の人生は良いものだったか、自分は正しく生きたか、と問う。
何人もの兵士の命を背負って、彼は戦後を生きてきたのだ。

私の記憶が確かなら……………
この映画公開の時期(?)に、ロバート・キャパの写真展が全国(?)を巡回したと思う。
私は地元の千葉そごうの催事場で鑑賞した(たしか)。
そこで、あのオマハ・ビーチを撮った何枚もの写真に、この映画のPRスチールと見紛うほどだと感じたのだった。

kazz
Moiさんのコメント
2024年10月18日

戦争は人を狂わせるー。
何が正しいことなのか。ライアン一家としては一抹の幸福であったが、ミラーや死んていった戦友達にとっては果たしてー?。

本当にフーバー(理不尽)な陽の目を見ないで歴史に埋もれた話は山程あったのかと。思います。

Moi
トミーさんのコメント
2024年10月12日

共感ありがとうございます。
戦争映画の名作である事は間違いないのでしょう。衝撃の前半、アパムやライアン、中隊長の葛藤を描く後半ですが、今になると軍隊の異常さを感じる作品になりました。

トミー