劇場公開日 1969年3月22日

「これもまた「風」の映画」火の馬 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 これもまた「風」の映画

2025年10月8日
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セルゲイ・パラジャーノフは『ざくろの色』しか観たことがなかったが、本作の方が好みだった。『ざくろ』が良くも悪くもシュールレアリズムの枠組みの中に収まりきった作品である一方、本作はとにかくカメラがよく動く。特に広角レンズを駆使したFPSゲームのような一人称ショットが印象的だ。

FPS映画といえば『ハードコア』が有名だが、監督のイリヤ・ナイシュラーもまたロシア人監督。ソ連(ロシア)映画のDNAの強さに驚愕する。

動的なショットも散見されるものの、とはいえ半分くらいは『ざくろ』と同様のイマジネーションで画作りをしていたように思う。中盤の天使降臨のシーンなどは『ざくろ』とほとんど大差がない。強烈な眠気に絶えず襲われていたことを正直に白状したい。

作品としての白眉はやはり終盤の「呪術師」の章だろう。土煙とともに牛と老婆が駆けていくショットは圧巻だ。切り返しではなく全てを右側に流すようなショット構成にすることで動きの速度が維持されていて爽快感がある。

ヴィクトル・シェストレム『風』の無音にもかかわらず轟音をもって迫り来る強風や、タル・ベーラ『サタンタンゴ』で歩く二人に向かって吹き付ける突風に並びうる「風」描写だった。

その後の、女の顔のアップからカメラが上方に勢いよくパンした瞬間に轟音が鳴り響き、丘の上の木が燃え盛るショットも本当に素晴らしかった。横軸の動きに視覚を馴致させたうえで不意に縦軸の動きを導入する意表の突き方が絶妙だ。

終盤はとにかく回転が多いと感じた。主人公と死んだ女がグルグル回る木の大道具の中で交感する観念的シークエンスは、見せ方を誤ればとことんチープになってしまうところだが、カメラが上手かった。大道具の回転のみで主人公と女の間に架空の物理的距離を生み出す離れ業には舌を巻いた。

最後の葬儀のシーンも回転で終わる。目の前で面白いことが起きてるんだから動かずにはいられない、というカメラの生命性が全編を通じて迸っている作品だと感じた。

因果