劇場公開日 2024年3月14日

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「陰謀論にも通じる孤独な人間の闇を描いたカルトムービー」π パイ あふろざむらいさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0陰謀論にも通じる孤独な人間の闇を描いたカルトムービー

2024年12月29日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

興奮

知的

冒頭、幼い頃に太陽を見るなと母親から言われたが見てしまったと、主人公が語る。これは、カミュの「異邦人」を意識しているのだろう。「異邦人」同様、不条理な出来事が展開していく。カフカ的と言ってもいいかもしれない。

主人公は数学の天才。社会不適合者で他人を避けて生きている。
彼の思想は、「数学は万物の言語であり、すべての実証は数字に置き換えて理解できる。数式化すれば一定の法則が顧みれる。ゆえにすべての事象は法則を持つ」といったもの。
やがて、216桁の数字に隠された法則を見つけ出せば世界のすべてを証明できる、という妄想に憑りつかれていく。

登場人物がありえないアイデアに取り憑かれて破滅していく姿は、「レクイエム・フォー・ドリーム」でも扱っていたテーマだ。このテーマは、現代社会における陰謀論やエコーチェンバーといったネット社会の弊害にも通じている。また、使い古された「都市の孤独」というテーマも見えてくる。

インターネットが今のように発達していない時代に、こういう映画を撮ったのは、アロノフスキーに先見の明があったからというよりは人間の本質が当時とあまり変化していない顕れだろう。彼の才能は未来を予見していたことではなく、本質を的確に掴んで映画に落とし込んだところにある。

本作は制作費940万円。
興行収入はアメリカで5億円。
かなりの大ヒットだ。

1990年代はタランティーノ「レザボア・ドッグス」(1992年)、ロバート・ロドリゲス「エル・マリアッチ」(1993年)、クリストファー・ノーラン「フォロウィング」(1998年)と、今でこそ大御所となっている監督たちが低予算ながら魅力的な作品でデビューした時代だ。
90年代は映画を撮るために知恵を絞り、少ない予算でなんとか面白いものを作る人々がいた。そして、そういう映画がヒットする余裕があった。
現代はインターネットが普及し、誰もが自分の作品を発表できる時代になった。そういう意味では恵まれているとも言えるし、競争が激しくなったとも言える。
それでもやる人はやるし、やらない人はやらない。その点は今も昔も同じだろう。

あふろざむらい