「愛に飢えた少年の心情を牧歌的詩情豊かに描いたジュリアン・デュヴィヴィエ監督の愛すべきフランス映画」にんじん Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
愛に飢えた少年の心情を牧歌的詩情豊かに描いたジュリアン・デュヴィヴィエ監督の愛すべきフランス映画
1930年代の日本の映画ファンは、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督を非常に高く評価していたし特に愛していたようだが、それは戦前の日本人の心情がデュヴィヴィエ監督特有のペシミズムに素直に酔えたことと、フランス映画のロマンチシズムに芸術を見出していたからだろう。本国フランスでは、ルノワール監督とクレール監督が第一級の映画作家として認知されていたという。それでもデュヴィヴィエ監督の良さを忘れることはない。
この初期の秀作「にんじん」は、そのデュヴィヴィエ監督のシリアスな面とユーモラスな面の両方が出色で面白い。全体を通しての悲劇性は思いの外強調されていなかった。却って主人公の切ない心情がユーモアの味付けになっている様に感じた。人物構成は分かり易く、にんじんの兄フェリックスと姉エルネスチーヌ共に可愛く描かれていないし、母親ルピック夫人は意地悪でヒステリックに身体を揺さぶる格好が特徴で、父親ルピック氏は最初無関心の視線をにんじんに送るだけである。そんな家族の中で孤立したにんじんの味方になるのが新しい女中アネット。それをユーモアに転化させ、しかもにんじんの唯一の理解者、名付け親の小父さんのところで美しい田園風景を見せる。この場面の幼いマチルドと花婿花嫁の行進をするシーンが素晴らしい。子供の世界観と自然の共鳴がセンチメンタルに楽しく描かれていた。ここにこの映画の美しさを感じる。それによって次の展開、女中アネットと馬車に乗って家路を急ぐシーンが観る者の胸に迫る。脇道や野原で家族が愉しく戯れるのを視て反抗的に馬に鞭を打つにんじん。ここにデュヴィヴィエ監督の人間愛が見事に表現されていた。後半の父親と“フランソワ”の和解は、映画的な盛り上がりに欠けるも、余韻の残る終わり方。
児童文学の小品ではあるが、フランスの片田舎を舞台にした家族愛に飢えた少年の心情を優しく描いた牧歌的詩情豊かな、愛すべきフランス映画。
1978年 11月13日 フィルムセンター