眺めのいい部屋のレビュー・感想・評価
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ヘレナ•ポナム•カーターが可愛くて、眺めのいいってあのことだったのかな?
日本🇯🇵では明治時代ぐらいかな。
女性の長いドレス、馬車健在、自転車🚲もあった。
可愛いルーシー🩷、ジョージが惚れるのも無理ない。
ドレス👗も可愛く素敵でルーシーの魅力を高める。
ジョージは、真面目で堅物と思いきや情熱的だった。
温厚なものわかりの良さそうなお父さんと二人。
折りに触れ父親の身体を気遣う優しいジョージ。
見た目も爽やかだからルーシーも一目惚れ🤩‼️
だけど長女のルーシーは、
考えるまでもなく身分というか、
反対されるとわかり諦めていた。
ロンドンに帰りセシルと婚約。
多分イケメンの俳優さんだろうけど、
あのメガネと髭で容姿を落としている。
えっ⁉️こんな人と⁉️って気持ち💦💔
お話なのでルーシーが動かずともジョージと再会🩷
言わずともルーシーの周りに現れる、
💕内心はうれしいんだけど•••••••
シャーロット叔母さん、真面目そうで、女やなぁ。
ルーシーとジョージとのことを
作家のお友達(イギリス🇬🇧の有名女優)に話してしまう。
あれだけ他言無用と約束したのに、
その赤革の本📕を
婚約者セシルは朗読する。
特に際どい箇所を。
多分全く気づいていないセシルだけど、
聞いているルーシーは気が気じゃない💦
さらなるジョージの口説きに案ずるルーシー。
ジョージにキッツい言葉を浴びせ、
セシルとは婚約解消。
こそっと一人おばさん姉妹とギリシャ🇬🇷へと。
おしゃべりシャーロット叔母さん、
婚約解消を秘密㊙️にしてとあれだけ言ってたのに、
一番、一応、言って欲しくない
ジョージのお父さんに言っちゃった😱
このお父さん、ほんとに愛情溢れるいい人なんで、
😘ルーシー&ジョージは思い出のあのホテルに
行きました❗️
余計な話:
水浴びして来たら、水浴びしに行こう、と気軽に言って
ジョージとフレディと牧師さん、が行くので、
どんな格好で泳ぐのかな、と思っていて
しかし、皆手ぶらで何を着るんだろう、と思っていたら、アレェ〜〜〜‼️ でした。ビックリ‼️
これが眺めのいい裏内容かと。
見たくないですが㊙️💦
みんないい人
冒頭、プッチーニのオペラ「ジャンニ・スキッキ」から「私の優しいお父さん」が流れるが、まさにこの映画にぴったりの曲という感じだ。それもそのはず、「ジャンニ・スキッキ」の舞台はこのシーンと同じフィレンツェだった。
フィレンツェやイギリスの田舎が実に美しく描かれており、まるで印象派の絵画のようであるし、クイーンズイングリッシュの響きも綺麗だ。デビュー間もないヘレンボナムカーターも新鮮でいい演技をしている。
物語は、簡単に言えば三角関係であるが、深刻さはなくどことなくユーモラスでさえあるともいえる。多分ハッピーエンドになると想像できるので、安心して見ていられる。なので、あとは映像の綺麗さ、音楽、登場人物の台詞をじっくり味わえる。
最初と最後が同じホテルの食事のシーンというのも心憎い演出だ。しかも、ある親子の会話が、窓からの眺めが良くないということで、最初の主人公の会話と同じだったのが笑える。ただ、今度は部屋はチェンジしてやらなかった。新婚旅行だったし、彼女の思い出の部屋だったので当然かな。
登場人物がみんないい人だったので、そんなの嘘っぽいという人にはお勧めできないが、見終わったあと、幸せな気分になれる映画です。
一つ気になった点、
みんなでフィレンツェから郊外へ馬車で行くエピソード、牧師が御者(馬車の運転手)の隣に乗っている金髪美人の恋人を途中で下ろさせるシーン、一緒に乗せているくらいならいいが、イチャイチャしてきたので下ろさせたのかもしれないが、ちょっとかわいそうな気がした。もと来た道を歩いて戻りながら、去っていく馬車を悲しそうに一回振り返る。なくても特にストーリーには何ら影響のないシーンだったが、何か意味があったのか?このシーンの冒頭に「御者はイタリア人」という字幕がでる。多分、このような公私混同の行為はイギリス人にとっては考えられないことという意味だったのかな。
3日で盛り上がる恋愛
総合:60点 ( ストーリー:60点|キャスト:70点|演出:65点|ビジュアル:70点|音楽:70点 )
最初のイタリア編では科白まわしや演技が古くて、しかも映像は風景は美しても赤色が強くて人の肌がのきなみ赤を帯びているし鮮明でもない。そのため1986年の映画だがまるで60年代くらいの古い映画のように感じた。
恋愛映画だが、わずか3日ほどの出会いでそこまで2人が恋愛にはまるのがよくわからない。またその後、広いイギリスでは偶然彼らが近隣に引っ越してきたのだろうか、または仕組んで狙って引っ越してきたのだろうか、本当にイタリア美術が縁での引っ越しなのか気になった。もしただの偶然ならば、その偶然が無ければこの話はイタリア編を最後に二度と出会うこともなく終わっていたということだろうか。
終りの部分でルーシーが男を見極めるための基準をジョージに教えられて知り、婚約者がいる彼女の嘘で自分の望む形に流れを変えていく姿は見せ場。階級社会の英国で身分違いの下品なジョージの父親の姿を見せておきながら、人間性が実は良かったというのは面白かった。
でもそこに辿り着くまでの展開が不満だし、恋愛が盛り上がっている理由がはっきりせず長く感じた。演出が良くなかったのかもしれない。
同じジェームズ・アイボリー監督で同じ原作者のE・M・フォースターの作品で、本作の1年後の1987年公開の『モーリス』があるが、こちらは格調高く質の高い優秀な作品だった。それに比較して全ての項目で水準が下がる。
答えは殻の外にある
伝統や形式に自ら嵌って悶々と苦しむ堅物イギリス人も、イタリアに行くと解放されるということで、フィレンツェで出会った身分違いの2人が結ばれるまでを描いた作品。
映画もとても文学的で、台詞が素敵です。
自分達のことが書かれた章を読んだことで、当人達にその想いが再び沸き起こり現実を変えるなんて、小説家冥利に尽きるでしょうね。
Emersonパパがとても良い人。
そんなパパが育てた一人息子Georgeは天然と言うか、自然と言うか(^^)、全く偽りのない人。理解できないこと=全て「?」。答えを求めて外の世界へ飛び出して行ける人。気取った言葉で塗り固めた、自分だけの世界に閉じこもっているCecilとは対照的。
“I taught him..... to trust in love..... when love comes, that is reality...... Passion does not blind. No. Passion is sanity, and the woman you love, she is the only person you will ever really understand.” と原作の方にはあるので、
Georgeの「?」の回答はLucy。
ようやく見つけた愛という「答え」。
Emerson父子が、Alan姉妹に花を飾ってあげるシーンが微笑ましい。勝手に部屋に入るのはすごいけど(^。^)。
牧師さんまで自然に帰ってるシーンが(^◇^)。
ぼかしご苦労様です。
役者さん達、みんな若いなぁ…(*゚∀゚)。
“I want you to have your own thoughts and ideas and feelings even when I hold you in my arms.”
“I told him to trust to love...... Love, and do what you will.”
“There is only one thing impossible... that’s to love... and to part.”
って言っているけど矛盾にも取れる。
↓
原文は
“It isn't possible to love and part. You will wish that it was. You can transmute love, ignore it, muddle it, but you can never pull it out of you. I know by experience that the poets are right: love is eternal.”
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