「霧雪、銃撃、転轍機」道中の点検 因果さんの映画レビュー(感想・評価)
霧雪、銃撃、転轍機
『フルスタリョフ、車を!』の絢爛豪華ぶりとは打って変わり、スタンダードで安定感のある映画だった。
ナチスに捕えられ、ナチス軍として従事させられていた元パルチザン伍長の男が、休暇を理由にナチス兵営を抜け出しパルチザンのもとへ帰ってくる。
当然パルチザンは疑心暗鬼。こいつは本当に信頼に足る男なのか?事実、元伍長が兵営から逃げ出してくる描写はない。素性の知れぬ元伍長と疑り深いパルチザンの間に上質なサスペンスが香り立つ。
雪で覆われた荒野と針葉樹林。極限された視界の一角からふいに銃弾が撃ち込まれ、物体と化した身体が雪原に放り出される。雪ほど死が惨めに映える空間はない。
霧雪の中からナチス軍の大群がぬっと現れるシーンは圧巻だ。輪郭の曖昧な隊列は無限をも錯覚させる。パルチザンの恐怖の見事な視覚化だ。圧倒的な物理的数量によってショットにわかりやすく力強さを宿そうとするパワープレイはさすが共産圏の映画というべきか。
銃弾の飛び交う村から民間人が逃げ惑うシーンや、船いっぱいに敷き詰められたパルチザン捕虜が川を渡っていくシーンは、撮ろうと思っても撮れるものではない。後者に関しては、わずか1分足らずのシーンであるにもかかわらず、目算で200〜300人程度のエキストラが動員されていた。北朝鮮の怪獣映画『伝説怪獣プルガサリ』でも、丘の稜線を端から端までエキストラが埋め尽くすシーンがあった。こういうのは共産圏で「国策映画」として撮影された作品においてしかお目にかかれない。
物語のクライマックスはナチス軍に潜入した元伍長たちによる食糧列車の強奪だ。彼らの計画とは、列車の転轍機を操作することで車両ごと食糧を奪ってしまおうとい大胆不敵なものだ。
ナチスの軍服を身に纏った元伍長一行。転轍機を操作するところまではよかったが、直後にパルチザンだと見破られてしまう。押し寄せるナチス兵を尻目に、走り出した列車に飛び乗る一行だったが、元伍長だけは見張り台の上にいた。元伍長は半ばヤケクソに地上のナチス兵たちを一掃する。
すると向こうの丘にいた一人のナチス兵が、転轍機めがけて一目散に駆けていくのが目に入る。元伍長は彼を狙撃しようとするが、なかなか当たらない。二人の追走劇がエイゼンシュタイン的なモンタージュによって迫真的に描かれる。遂に転轍機に手をかけたナチス兵。間一髪で銃弾が命中する。レバーの上で兵士が劇的な頓死を遂げ、その真横を列車が走り去っていくショットが素晴らしかった。
元伍長は急いで見張り台の梯子を降りるが、その途中で狙撃される。その弾みで抱えていた銃が地面に落ちるのだが、壮絶な銃撃によって熱くなった銃身は雪を蒸発させ、辺り一面に水蒸気が充満する。非常に丁寧な描写だ。
満身創痍の元伍長はそれでも仲間の乗る列車を追いかけるが、既に列車は地平線の彼方へ消えかけていた。
一度裏切り者の烙印を押された者には終ぞ帰る場所がないという悲壮な映画だった。
