「観て良かった、余韻の続く映画です」追想(1975) あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
観て良かった、余韻の続く映画です
フィリップ・ノワレが演じる主人公はあまり風采の上がらない40代後半の中年男
小太りで、腹が出ていて、度の強い眼鏡をかけて、頬はたるんで下がっています
冒頭は家族とサイクリングで遊んでいるシーンで始まります
妻は割と若く30代半ばくらい
スカートが風で捲れて少し色ぽい
娘は小学校高学年くらい
傍らには犬もうれしそうに併走しています
楽しい記憶、楽し「かった」記憶
二度と戻って来ない幸せだった日々の記憶
それがタイトルの追想の意味です
原題の「古い猟銃」よりも日本語タイトルの方がより内容を余韻までを含んで良く表していると思います
その彼の家族は序盤の30分でドイツ軍に殺されてしまいます
それまでに、彼のプロフィールが語られます
南仏のとある街の病院の外科部長で、戦時下ですが割合に良い身なりと暮らしをしています
戦争の被害はその地方には殆ど及んでいないようです
サイクリングもそんな彼の休日の記憶でしょう
家には、年老いた上品な母親もいます
時は1944年の6月前半ぐらい
フランスはドイツ軍に占領されていますが、連合軍の反攻が始まり、ノルマンディー上陸の直後でドイツ軍も浮き足立って気が立っています
その年6月10日、実際に起こったオラドゥール村の虐殺をモチーフにしているようです
ともかく、家族を殺された主人公は単独で復讐を始めます
村を虐殺したドイツ軍12名の一隊が籠もっている古い城に潜入して、一人づつ復讐していきます
しかしその復讐のアクションがメインの作品ではありません
それではサム・ペキンパー監督作品になってしまいます
なぜ主人公はこの古い城の構造を知り尽くしているのか?
ただの医者の中年男が何故こんなに戦えるのか?
字幕ではゲリラとなっているパルチザン、レジスタンス運動の戦士達が、なぜ彼を一目で見分けて一目置いた態度をとるのか?
なぜ彼の奥さんは少し彼より若いのか?
この二人の馴れ初めは一体?
彼の娘はどうやら彼女が産んだ子供ではないようですが、その理由は?
それらの疑問は、主人公の「追想」がランダムに次々と挿入されることによって、次第に明らかにされていきます
その語り口が上手く、主人公への感情移入がどんどん深くなっていきます
主人公はドイツ軍の一隊を全員殺し、復讐を遂げます
しかし途中レジスタンスが来ても助けを求めず、全てが終わっても彼らには何も語らないのです
友人が現れて彼を見つけて車に乗せます
主人公はまるで家族がまだ生きて待っているかのように振る舞うのです
友人は主人公の妻と娘の死をどう伝えたものかと顔をしかめます
主人公はその時、夢から覚めたかのように、ほんの少し微笑むのです
夢だったんだ、そう思い込もうとしたのに
そうか、やっぱり駄目なんだ
全部、夢だったらよかったのに
その微笑だったと思います
素晴らしい名演です
そして冒頭のサイクリングのシーンに戻るのです
もうたまらず号泣しました
ロミー・シュナイダーの演じる妻クララが素晴らしく、美しい追想のシーンで威力を発揮します
5年前のまだ平和だった戦前に家族で撮影した8ミリフィルムの映像はことに破壊力がありました
日本の女優でいえば倍賞千恵子のようなイメージでしょうか
下町風の明るい性格、だけど下品じゃない
気立ての良い美人
そのバランスが絶妙です
子役の娘も良い配役でした
撮影も良い映像で明るく美しい映像で撮れています
音楽もセンチメンタルでありつつ、追想の中の楽しい記憶の旋律そのものを奏でています
序盤の黒づくめの制服の男達は親ドイツ占領軍のヴィシー政権の治安部隊のようです
フランス人がフランス人を狩りだして殺しているのです
そして劇中FTP と大書きした車でやってくるのは、共産党が操る「義勇兵パルチザン」(Francs Tireurs et Partisans francais: FTP)です
なぜこの村でこんな虐殺が起こったのか?
主人公が彼らに関わらないようにして冷淡な反応をするのか?
ヴィシー政権の治安部隊の卑劣さを何故序盤に入れてあるのか?
フランス人が自らの思想信条に従って、同じフランス人を利用した末に起こった悲劇という点では同じことなのです
それについては、興味を持たれた方は色々とお調べ頂くとより暗澹たる気持ちになり、本作の余韻もより強くなると思います
オラドゥール村の虐殺は、その遺構がそのまま保存されており、フランス人なら誰でも知っていることだそうです