劇場公開日 2022年11月4日

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「イギリス人チャップリンの作家証明のブラックユーモア」殺人狂時代 Gustav (グスタフ)さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5イギリス人チャップリンの作家証明のブラックユーモア

2020年4月18日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館、TV地上波

サイレント映画で極上のユーモアと心に染み入るペーソスで人間愛を謳ったチャールズ・チャップリンは、前作「独裁者」で戦争と戦争を誘導する人間を痛烈に批判したが、第二次世界大戦後の米ソ冷戦の軍拡に対しても義憤を感じていたと思う。「キッド」「黄金狂時代」「街の灯」によって、人間愛を理想とするチャップリン芸術は頂点を極め世界的な評価と信頼を得た。その自信と表現者の使命感から、文明に潜む非人間性の警告「モダン・タイムス」を、戦争の愚かさを「独裁者」で表現した。批判は正論でも発言者の資質が問われる点において、チャールズ・チャップリンは最も適した映画作家であった。大量殺人兵器に技術革新が利用される文明は人間の進化とは言えない。これを伝えるために作られた「殺人狂時代」は、浮浪者チャーリーのスタイルを捨てた普段着のイギリス紳士(映画のアンリ・ヴェルドゥはフランス人)の辛辣なシニカルさが特徴となる。愛を謳ったチャップリンが連続殺人者を演じることの必要性は、ラストの有名な台詞にある。ただ、理論的にも物語としても飛躍した発言であるものの、言葉の意味する単純で明確な事実を指摘した意味合いが勝り、私たちに強烈な印象を残す。
ブラック・ユーモアに特化したコメディだが、マーサ・レイの快演によりチャップリン映画らしさは充分ある。また、アンリ・ヴェルドゥの言動から感じるのは、善良な個人主義者が全体主義の社会では簡単に利己主義に転化することだ。世界恐慌から戦争に至る政治・社会状況は、全体主義で利益を得ようとする人間の仕業と見れるからだ。ヨーロッパ文化の権化ともいえる個人主義は、常にその危険性を持っているのではないだろうか。チャップリン自ら殺人者として問うた捨て身のメッセージは、色んな思考のヒントを与えてくれる。だが、この映画の真意が理解されず、チャップリンは”赤狩り”によりアメリカを追放されることになる。

Gustav