劇場公開日 1971年8月28日

「ベトナム戦争の時代背景が生んだ、アメリカ白人至上主義を批判したペン監督の作家的良心」小さな巨人 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 ベトナム戦争の時代背景が生んだ、アメリカ白人至上主義を批判したペン監督の作家的良心

2025年7月13日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

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「奇跡の人」のアーサー・ペン監督が、アメリカン・ニューシネマの「俺たちに明日はない」「アリスのレストラン」の次に演出した異色の西部劇映画。この異色の意味は、ハリウッド映画が創成期から主要ジャンルとしてきた西部劇において、アメリカ国家の自由と平等と共に標榜してきたフロンティア精神(移民国家の精神的支柱)を誇示した歴史に対する、人道的な修正と反省を濃厚に表現していることです。ネイティブアメリカンの人たちに対する差別からアメリカ騎兵隊が行った虐殺の事実を公然と扱い、白人至上主義を批判し戦争そのものを否定するニューシネマの意義があります。もう一つは、デビュー作「左きゝの拳銃」で題材と演出の映画表現が不調和に終わった失敗から得た脚本選びに、ペン監督の新たな試みが感じられることでした。「左きゝの拳銃」が失敗作でも正攻法で真面目な演出が「奇跡の人」で成果を残し、「逃亡地帯」「俺たちに明日はない」で一流監督になったペン監督は、この作品では更に余裕と安定感を持って演出しています。これは偏にトーマス・バーガー(1924年~2014年)の『Little Big Man』(1964年)のピカレスク小説として完成度が高い原作に惚れ込んでの選択だったからと想像します。なんとこの原作の映画化権を最初に持っていたのはマーロン・ブランドといいます。1973年のアカデミー賞授賞式で「ゴットファーザー」の主演男優賞を拒否し、アメリカ先住民の女性が代理でスピーチした時は唐突な違和感を感じましたが、今更ながら意図が解りました。主人公ジャック・クラブをブランドが自ら演じたかったのか、それとも制作か演出をしたかったのか分かりませんが、1966年に「逃亡地帯」に出演した関係から、誠実なペン監督に映画化権が移譲されたのでしょう。

121歳の老人ジャック・クラブが11歳の時にシャイアン族に拾われ、戦士として成人してからは白人社会と先住民族の世界を行き交う運命に翻弄される物語は、ジャックの一人称のナレーションで進みます。数奇な経験を冒険譚の武勇伝のように語るお話は、老人特有の記憶と思い込みが混在したホラ話のようで、それでいて白人社会の欺瞞と先住民族の追い詰められた歴史的事実を冷静に描いています。養子になった先の聖職者のペンドレイク夫人が不貞をして最後は売春婦に堕ちるエピソードや、ペテン師メリウェザーと放浪の旅をするコメディ、実在の人物ワイルド・ビル・ヒコック(1837年~1876年)の最期を見届けるシーンなど、ペン監督の抑制の効いた諧謔を弄する演出が生きています。おふざけになっていない演出タッチは、ペン監督の誠実な姿勢を裏付けていると思いました。演じるペンドレイクのフェイ・ダナウェイとメリウェザーのマーティン・バルサムの有名スターが本来キャスティングされないであろう汚れ役を熱演しています。対してシャイアン族のオールド・ロッジ・スキンズを演じたチーフ・ダン・ジョージの渋味と泰然自若な演技が対照となり際立つ効果を生んでいました。この映画は、第一にトーマス・バーガーの原作の面白さと贖罪、第二にペン監督のコメディとシリアスをバランスよくまとめた絶妙な演出、そして役者の演技は特に主演のダスティン・ホフマンの巧さと適正を観て感じて其々が思い、移民国家アメリカの歴史を俯瞰することに価値があります。盲目になったオールド・ロッジ・スキンズとジャックが再会する映画中盤のシーンがクライマックスでした。白人と先住民族の死生観の違いを哀しく語るロッジ・スキンズの台詞に、この映画の主題が込められています。“生きようとする命も白人どもは殺してしまう”

この映画で変人のパロディとしてアイコン化した影の主人公ジョージ・アームストロング・カスター将軍(1939年~1876年 享年36歳)は、リトルビッグホーンの戦い(1876年6月25日)で中佐として率いた第七騎兵隊を全滅させた人物として歴史に刻まれており、当時のアメリカ白人社会の英雄と祭り上げられて多くの西部劇映画の題材になりました。記憶にあるのがラオール・ウォルシュ監督の「壮烈第七騎兵隊」(1941年)を中学生の時に日曜洋画劇場で観ています。カスター将軍の最期を派手に演出した娯楽作品でした。前年の13歳の時には、ワイルド・ビル・ヒコックをゲイリー・クーパーが演じたセシル・B・デミル監督の「平原児」(1936年)を観ているのですが何も覚えていません。1967年制作ロバート・シオドマーク監督ロバート・ショウ主演の「カスター将軍」は見逃しています。10代で印象に残っているのは、サンドクリークの虐殺(1864年)を扱ったラルフ・ネルソン監督キャンデス・バーゲン主演の「ソルジャー・ブルー」で、騎兵隊の軍馬がアメリカ国旗を踏みつけるカットが強烈な印象として残りました。ネルソン監督は、「野のユリ」「不時着」「泥棒を消せ」「まごころを君に」「...チック...チック...チック」と観ていて、黒人差別や人道的なテーマを扱う異色監督として一寸理屈っぽい人でしたが嫌いではありません。この同年制作の「ソルジャー・ブルー」と比較して、今回漸く見学できたペン作品が物語の語りの面白さで上回り、映画としても完成度が高いのは明らかでした。また、この騎兵隊内部の不条理と人間の功名心を冷静に批判したジョン・フォード監督の「アパッチ砦」(1948年)は、リトルビッグホーンの戦いのカスター将軍をモデルにしたヘンリー・フォンダの人物像、それでいて英雄視しない切り口に感銘を受けました。この時代で騎兵隊を美化しない映画として貴重なフォード作品になっていると思います。

Gustav