「『フィールド・オブ・ドリームス』(1989)での悪口も、全部こいつのせい。」タイ・カップ TRINITY:The Righthanded DeVilさんの映画レビュー(感想・評価)
『フィールド・オブ・ドリームス』(1989)での悪口も、全部こいつのせい。
MLB(メジャーリーグベースボール)最高の打者にして球聖と呼ばれる不世出の天才タイ・カッブ(邦題は『タイ・カップ』だが、カッブの方が正しい発音に近い。作品の原題も『Cobb』)。
2024年にMLBがニグロ・リーグの記録を公式追認したことで、通算打率一位の座こそ失ったが、それでも.368は堂々の2位。
一方で、闘志を剥き出しにして勝利にこだわるプレースタイルは、現役時代から物議をかもすことも。
そんなカッブを扱った本作は、伝記映画とするにはあまりにも特異。
本来あるべき現役時代の再現シーンなどほどんどなく、彼の最晩年をともに過ごした公認の伝記作家(自伝のゴーストライター)の主観を通して語られる傍若無人な生き様が物語の大半を占めている。
作品中のカッブは常に拳銃を携行し、黒人やユダヤ人への差別発言を平気で口に出す問題児。
銃の所持は事実だが、常に脅迫状に悩まされ続けたゆえの正当防衛。
一方、差別主義者の評判に関しては、生前の彼にそんな噂はなく、逆に同じデトロイトを本拠地にするニグロ・リーグの選手と交流を持ったり、ウィリー・メイズや、ロイ・キャンパネラらの黒人メジャーリーガーを高く評価していたというエピソードも残っている。
ちなみに、引退後のカッブは来日して日本の野球選手(プロ野球が誕生する前なので、当然全員素人)に技術指導も行っているが、「紳士だった」との証言が大半だったという。
アメリカのスポーツ・マスコミには、取材に非協力的な選手を徹底して悪人に仕立てる悪しき伝統がある。
カッブ以外の例をあげると、寡黙なゆえにマスコミ受けの悪かったヤンキース時代のロジャー・マリスは陽気なミッキー・マントルとの対比でヒールにされてしまうし、シーズン・通算ともにMLBの本塁打記録を塗り替えたバリー・ボンズに至っては、マスコミに対する不遜な態度のせいで、悪役というより人格欠陥者のような悪評が日本にも伝わってきた。
タイ・カッブには、汚い野次を飛ばした観客に腹を立て、スタンドに乱入して殴りつけた有名な逸話がある(作品中にも、ほんの一瞬だけ登場する)。
ただし、この事件が有名になった理由は、カッブに出場停止処分を下した球団に抗議してチームメイトが出場をボイコットしたため、素人を集めて試合をせざるを得なくなったことにある(選手登録に関する規定が明確化した要因ともいわれている)。
カッブが「敵だけでなく、チームメイトからも嫌われていた」という評判どおりの人物なら、起こり得なかったエピソードだろう(前述のボンズにしても、渡米してチームメイトになった新庄剛志氏(現・日本ハム監督)と試合前練習でじゃれ合っている映像を見て、「なんか噂と違う」と感じた人も多い筈)。
生前からメディアに悪く書かれることの多かったカッブだったが、彼の悪評を決定付けたのは、死の直後に発表された伝記が原因。差別主義者という人物像もその中で形成された捏造だった。
フェイクまみれの伝記を書いたのは、アル・スタンプ。そう、この映画のもう一人の主人公にほかならない(演じたのはロバート・ウール。『バットマン』(1989)のノックス記者役が有名)。
このアルという人物、あろうことか、カッブの死から30年以上経った1994年に、彼の最晩年に特化したデタラメな本を上梓している。その話を原作に作られたのが本作品。
作品中のアルは、功名心は強いもののカッブの破天荒な言動に振り回される常識人で、根は善良な人物として描かれるが、実際はカッブの関連作以外でも捏造を繰り返すいわく付きのスポーツ・ライターだったそう。
作品が製作されたのは、今からちょうど30年前の1994年。よくもこんないい加減な映画が作れたものだと呆れるが、2011年に製作された『マネーボール』でも実在人物の人物像が加工されていたことを考えると(しかも、存命中!)、これがハリウッドの当時の常識と受け入れるしかないのかも。
MLBファンで、この作品の存在も知っていたので楽しみにしてたのに、とてもじゃないがおすすめできない作品。
カッブの実像からはかけ離れているが、トミー・リー・ジョーンズの熱演にのみ、星0.5。
まだご覧になっていないものの、興味の湧いた方は、英語版のウィキペディアで作品を検索してみて下さい。
ボロクソです。