劇場公開日 1958年8月26日

戦争と貞操(1957)のレビュー・感想・評価

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4.5鶴は翔んでゆく

2022年2月8日
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「個人」に水準を合わせた戦争映画は多々あれど、ここまでそれが徹底されている作品は少ないんじゃないかと思う。

たとえばヴェロニカが出征するボリスを探して人混みをかき分けていくシーン。カメラはヴェロニカの動向を追うのだけれど、それと同時に無数の人々の惜別をも捉えていく。キスを交わす恋人たち、抱き抱えられた子供。戦争によって惜しみなく奪われていくであろう無数の「個人」を、カメラは丹念に、余すことなく映し取っていく。

また本作では直接的な戦闘の描写はほとんどない。中盤にはボリスが辺境の湿地帯で落命するシーンがあるけれど、飛び交う銃弾や爆撃の音がかろうじて敵兵との交戦を示唆するに留まっている。したがって誰がボリスを殺したのかも判然としない。そこには戦争という大義がまったく捨象された、死という個人的現実だけが横たわっている。

ボリスのいない間、ヴェロニカはさらなる不幸に見舞われる。彼女は半ば強引にボリスの従兄弟であるマルクと結婚する羽目になってしまったのだ。以降ヴェロニカは心を閉ざし、戦地からの手紙を待つだけの生きた屍と化す。そんな彼女に与えられた仕事が兵士の命を救う看護婦だと思うとかなりグロテスクだ。

ヴェロニカは仕方ないとはいえボリスを裏切ってしまったことを悔い、いっときは自殺しかける。そのとき彼女はトラックに轢かれかけていた子供を目撃し、思わず彼を助ける。彼の名前がボリスであったことは偶然とも必然ともいえるだろう。

ヴェロニカは自分の意志でボリス少年を育てることを決意する。それと同時に、主体性のなさこそが今までの自分の不幸の根本原因であったことに思い至る。もし自分がボリスを止めていれば彼は戦争に行かなかったかもしれない、マルクを断固として拒否していれば彼と結婚することにはならなかったかもしれない。

このときマルクはどこぞの女と浮気をしており、彼はその女へのプレゼントとしてリスのぬいぐるみを渡そうとする。これは出征の日にヴェロニカがボリスから託されたものだった。ヴェロニカは浮気現場に乗り込み、マルクからぬいぐるみを奪い取る。

するとそこにはボリスからの手紙が入っていた。彼女はそれを読み、マルクとの離婚を決意する。

ヴェロニカは最後までボリスの死を信じようとしなかったが、ボリスの友人の帰還兵から直接事の顛末を聞かされ、ようやく彼の死の現実を受け止める。兵士の帰還に湧き上がる人々と、たった一人で泣き崩れるヴェロニカ。悲痛すぎる対比だ。

ラストシーン、ヴェロニカは帰還兵から手渡された花束周りの人々に配っていく。花束はボリスへの未練であり、それを彼女は一つ一つ葬っていくのだ。花束はボリスという過去から帰還兵やその家族という未来へと繋がれていく。

全ての花束を配り終えたヴェロニカはふと空を見上げる。悠々と飛び去っていく鶴たちはどのようなシステム的暴力にも囚われることのない自由の象徴だ。ヴェロニカにとっても、ボリスにとっても、他の誰にとっても。

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