「音の無い叫び」戦艦ポチョムキン Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
音の無い叫び
これぞ、映画史上に燦然と輝く、サイレント作品の最高傑作。当時、若干27歳のエイゼンシュテイン監督が、独自のモンダージュ理論を実践した不屈の名作である。1905年6月に本当に起きたポチョムキン号の反乱を描いたものである。1905年という年は、このポチョムキンの事件をきっかけに、社会主義革命へとなだれ込む、ロシアの歴史の中でも大切な年だった。そんな歴史的大事件を、エイゼンシュテイン監督は、リアルに作り上げた。物語は前半のポチョムキン内部の反乱と、後半のオデッサ階段の大虐殺シーンと大きく2つに分かれている。上司のイジメに耐える水兵たちの怒りの表情が印象的な前半と、何より虐殺により死んでいく弱き者達の「叫び」が魂に響く1作だ。「叫び」・・・この作品を一言で形容するならこれしかない。サイレント映画でありながら、画面からにじみでる人々の悲痛な「叫び」の迫力には同調とか感動とかそんな生ぬるい感覚をあたえない。むしろあまりの激しさに、こちらの精神は麻痺して、呆然としてしまう。それほどまで直接見ている我々の魂をゆさぶるのである。展開がゆっくりなのが通常ののサイレント映画(ドラマ)だが、モンタージュ効果を駆使し、迫力かつスピーディーに展開され、見るものをひきつけて行く。群集の心理が、くるくる変わる画面で描写されるあたりは特筆に値する。そして、やはり語るべきはオデッサ階段のシーンだろう。『アンタッチャブル』でもオマージュを捧げられた、有名な乳母車のシーンも素晴らしいが、私が特に衝撃をうけたのは、息子を殺された母親が、逃げ惑い、階段を駆け下りる群集の中で、ひとり“上へと登って行く”シーンである。子供を殺された母の苦しみ。「どうか撃たないで!」。母の願いや人々の叫びもむなしく大量虐殺は続く。人々の「叫び」のアップを撮り続けるカメラは、貧しい人々の服の穴をも映し出す。その冷酷までにリアルな描写。心に焼きつく強烈なインパクト。エイゼンシュテイン監督の描いたのは、寸分ももらさない“事実”そのものなのだ。やがて虐殺も終焉をむかえ、民衆の勝利がやってくる。モノクロの画面で、唯一、真紅の自由の旗が翻る。ニクイ演出である。サイレント映画を1本だけ見るとしたら、それはこの作品以外にありえない。迷うことなく見て欲しい、「叫び」の作品を・・・。