「音楽の神は悪魔の様に残酷で、聖母の様に温かい。」シャイン たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
音楽の神は悪魔の様に残酷で、聖母の様に温かい。
実在するオーストラリアのピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴッドの波乱に満ちた半生を描いた伝記映画。
デイヴィッド・ヘルフゴッドを演じるのは、当時は舞台俳優で映画出演の経験がほとんどなかった、オーストラリアを代表する名優ジェフリー・ラッシュ。本作でオーストラリア人で初となる、演技部門でのオスカーを獲得した。
👑受賞歴👑
・第69回 アカデミー賞…主演男優賞
・第54回 ゴールデングローブ賞(ドラマ部門)…主演男優賞
・第21回 トロント国際映画祭…ピープルズ・チョイス・アウォード
・第2回 放送映画批評家協会賞…主演男優賞
実在するピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴッドの半生を映画化した作品だが、作中の出来事は事実とはかなり異なる様です。
実際はお父さんとの仲は悪くなかった様だし、精神病院に入院する前にギリアンとは別の女性と結婚していたらしい。
映画ではラフマニノフの第3番に取り憑かれたことが精神病の原因として描かれていたが、これも事実とは異なるらしい。
完全な伝記映画というよりは、デイヴィッド・ヘルフゴッドの人生を基にしたフィクションである、という認識で鑑賞するのが正しいのでしょう。
まず映画の冒頭で精神疾患を患っているデイヴィッドを提示し、その後彼の少年時代まで遡り、彼がどのような人生を歩んできたかを描く。
彼はめきめきと頭角を現し、イギリスの王立音楽院の奨学生にまで登り詰める。
しかし、冒頭の描写により彼がこの後精神疾患を患うことを知っているため、観客としては彼の快進撃を複雑な思いで見届けることになる。
いつどこでどんなふうに発症するのかが気になり、興味の持続が途切れない。映画の作り方として実に上手いと思う。
デイヴィッドを抑えつけ支配しようとする父親。
暴力と優しさを使い分けることでデイヴィッドの心を縛りつける。
このクソ親父がっ!と思うのだが、この父親の彼を愛する気持ちは嘘偽りがなく、偉大な音楽家に育てたいという欲が歯車を狂わせていく感じは観ていて実に切ない。
世界一難しいと言われるラフマニノフのピアノ協奏曲第3番に取り憑かれ、精神を患うデイヴィッド。
ラフマニノフへの異常なまでの執着というのは、もうちょっと濃密に描いてもよかったかも。
これだけピアノ弾きまくってたら、そりゃ頭もおかしくなるわ、と思ってしまうような、常軌を逸したトレーニングをしている場面をもっと見せて欲しかった。
これまで鬱々とした描写が続いていたので、精神を病んだデイヴィッドがバーのピアニストとして復活する場面のカタルシスは凄まじい。
その後、絶縁状態だった父親との再会の場面を、過剰に感動的にせず、抑えた演出で見せてくれるところとか、実に品が良い。
お父さんのメガネのレンズにヒビが入っていて、それをセロハンテープで補修しているところとか、観ていてめちゃくちゃ侘しい気持ちになった…
ただ奥さんとなるギリアンとの出会いの場面はもうちょっとなんとかならんかったのか。
彼女と恋に落ちた過程とかイマイチよくわからなかった。
この映画、前半はたっぷりと時間を使ってデイヴィッドの転落を描くんだけど、後半のデイヴィッドがピアニストとして再起してからの描写がなんかスカスカ。
もっとデイヴィッドのピアニストとしての活躍とか、ギリアンとの恋愛とかをしっかり描いてもよかったと思う。
とはいえ、単独リサイクルを開き、観客からの大きな称賛を浴びたデイヴィッドの表情を見た瞬間この映画の不満点も全て許せました。
クライマックスのあの場面は本当に素晴らしい。ジェフリー・ラッシュが世界中から称賛されたのもわかる。
デイヴィッドが涙を流すのと同時に、私も涙を流していました😭
音楽によりどん底まで落ちてしまった男が、音楽によって再び光を浴びることになる。
音楽の持つ残酷さと優しさという両方の側面を、一本の映画で上手ーく表現していますねぇ。
全てを失った男が再起を果たすという物語、これを嫌いな人間っている?
僕は生きている、生きなくちゃいけない、という最後のセリフも素晴らしい。
心が温まるような美しい作品でした。