劇場公開日 1965年11月12日

「本作では北極海の出来事だが、東シナ海で明日にも起こるかも知れないことなのだ」駆逐艦ベッドフォード作戦 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5本作では北極海の出来事だが、東シナ海で明日にも起こるかも知れないことなのだ

2021年8月3日
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鑑賞方法:DVD/BD

1962年キューバ危機で、世界は本当に核戦争一歩手前にまで行った
その恐怖の記憶が2年後に2つの映画を産んだ
キューブリック監督の「博士の異常な愛情」と
シドニー・ルメット監督の「未知への飛行」だ
そして1年遅れて1965年10月には、本作を産んだのだ

本作公開のちょうど3年前の1962年10月
キューバ危機の真っ最中に、キューバ近海でソ連の通常動力潜水艦が米国艦隊に訓練用爆雷で追い詰められて、強制浮上させられた事件が実際にあった

その際、のちに分かったことであるが、このソ連潜水艦は本国との通信が困難となり、米ソが既に交戦状態にあると考え、核魚雷で反撃しようとしていたのだ

正に本作で描かれたそのままのことが、寸前で回避されていたのだ

つまり、「博士の異常な愛情」や「未知への飛行」よりもさらに現実に沿っており、本当に起きたかも知れないことだったのだ

本作は冷戦が続く限りこういうことがまた起こるかも知れない、そのときは回避されない可能性の方があるのだと言う話として作られている

このソ連潜水艦が核魚雷発射をしようとした事実は、2002年に公表されたことなので、本作製作時には知られていなかったはず
だから本作はキューバ危機の恐怖が、起こり得たことかもしれないも想像が作らせたものが、実はそのときの核戦争の危機を正確にシミュレートしていたのだ

映画の内容は、「ケイン号の叛乱」と「眼下の敵」を掛け合わせような筋書き

ソ連潜水艦側のシーンはない
その代わり、NATOからアドバイザーとしてこの駆逐艦ベッドフォードに乗艦している、元Uボート艦長で今はドイツ海軍の代将に潜水艦側の動きを代弁させている

誤射が何故起こるのかのメカニズムの説明の為に、シドニー・ポワチエの演じる黒人記者と、気が弱く艦長に反対意見を強く通せない軍医を配置してあるシナリオが上手い

黒人記者は観客の目で客観的な視線で状況を目撃させるための人物だ
そして、艦長に最終的には屈してしまう軍医の存在が秀逸だ
この事態を防げたのは、この艦の中では彼しかいなかったのだ
彼が艦長に屈するような人物であったから誤射が起こってしまったのだ

キューバ危機の時のソ連潜水艦が、核魚雷を発射しなかったのは、その潜水艦の副長が発射に断固として反対したからであったという
実はその副長は、この1年前は後に映画にもなった原子炉事故を起こしたK-19でも副長をしていた人物であったのだ
それ故に核の恐ろしさを身に染みて知っていたし、艦長も彼の断固とした反対意見により発射を思い止まったという

まるでこの事実を知っていたかのような脚本だ
核戦争を防ぐのはたった一人の勇気だったのだ

本作から半世紀以上過ぎた
冷戦は終結してソ連はもはや無い

しかし米中の新冷戦は始まったばかり
ロシアもまた軍備を拡大している

この物語は大昔のお話ではないのだ
今21世紀の日本の物語と言っても良いのだ

事実、2018年1月に尖閣近くの接続水域で、中国海軍の潜水艦が海上自衛隊に追い詰められて、公海に脱出の末に強制浮上させられた事件があったのだ

本作は絵空事ではない起こり得ることを描いているのだ

ラストシーンは核魚雷の接近音、最早回避も意味もない
そして核爆発が起きる
フイルムが焼け溶けるような映像効果が秀逸で印象に残るだろう
水爆の巨大なキノコ雲がエンドマークとなるのだ

本作では北極海の出来事だが、東シナ海で明日にも起こるかも知れないことなのだ

シドニー・ポワチエにとっては、アカデミー主演男優賞を捕った1963年の「野のユリ」と大ヒット作の1967年の「夜の大捜査線」の前後2年にはさまれた作品
「招かれざる客」は、「夜の大捜査線」の次の作品
軍医が彼のようなものをいう人物であったなら、この誤射は防げたのかもしれないという為に配役されたのだろうが、いまいち狙い通りに伝わらなかった
彼の演技でなくシナリオの問題だ

彼の取材の目的はキューバ危機でソ連潜水艦を強制浮上に追い詰めた手柄のある彼が何故将官に昇進できなかったのか?だった
その答えがこのラストシーンであったのだ
それも今ひとつ伝わりにくい

だが本作はなんといっても艦長役のリチャード・ウィドマークだ
素晴らしい名演技だ!
彼の誤射が起きて全ては自分のせいだと悟ったときの演技は、それまでの傲慢な態度との大きな落差をみせてラストシーンを特に印象的にしてくれた

あき240