「【温かみのある絵のタッチからは想像もつかない、哀しく恐ろしい原爆アニメーション映画。戦争が無くならない現代に観ると、更に哀しく恐ろしい作品である。】」風が吹くとき NOBUさんの映画レビュー(感想・評価)
【温かみのある絵のタッチからは想像もつかない、哀しく恐ろしい原爆アニメーション映画。戦争が無くならない現代に観ると、更に哀しく恐ろしい作品である。】
■イギリスの何処かの田舎に暮らす老夫婦、定年退職したジムとヒルダ。二人はジムの退職をきっかけに田舎に越してきて平和な生活を送っている。
だがある日ラジオから、3度目の世界戦争の勃発と原爆が投下されるという情報が流れてくる。
◆感想
・”風が吹くまでは”二人はのんびりと過ごしている。そして、ラジオから緊急ニュースが流れて来ても、"政府"が配ったお粗末な手引きにより、木の板を壁に立てかけただけの”シェルター”を作り、原爆に備えるのである。
余りにも、粗末な”シェルター”だが、二人が政府が配った手引きを信じて備える姿が、何とも切ない。
”そんなシェルターじゃ、駄目だよ・・。”
・そして、真っ白な光と共に猛烈な”風が吹く”。列車は、線路を外れ川に落下し、家々の屋根は吹き飛ぶ。そして、その後は犬の鳴き声意外は、何もない世界になる。
■この映画の哀しくも恐ろしい描写は、ここからである。
ヒルダが、徐々に体調を崩して行く中、二人は外に出てチェアに座って日に当たろうとしたり、雨が降ってくればそれを貯めて飲料水にしようとするのである。
二人の身体には、原爆症の印である斑点が出始めるが、ジムは余り気にしない。
だが、ヒルダの髪が抜け始め、ドンドン憔悴していく二人は”シェルター”の中に入り、神に祈るのである。
二人の無垢だが、余りにも原爆の恐ろしさを知らない姿と"政府"のお粗末な"手引き"を信じる姿。
<今作のフライヤーを読むと、クリストファー・ノーラン監督もこの作品を幼い時に観たらしい。
今日の朝8時から、広島で「原爆死没者慰霊式・平和記念式」が行われる。毎年世界100か国以上から代表者が集まる。
代表者の方々には、是非、式典が終わったらトットと国に帰るのではなく、”広島平和記念資料館”に足を運んで貰いたいものである。
そして、今年こそ日本の首相は、あいさつの中で核兵器禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加を宣言して欲しいものである。
日本人である程度の年齢、経験を積んだ者であれば、8月の6日、9日、15日位は彼の大戦で犠牲になられた方々を偲ぶべきだと、私は思います。>
体調もよろしいようで良かったです〜。
被曝について語るときに「放射能」という表現を使う人はブロッグス夫妻と本質的には違わないと思うのです。現代の方が僅かに普及している情報が多いというだけ。
この映画の「本質」が少しでも多くの人に届くとよいですね。
この映画の鑑賞後、NOBUさんのところに書こうとしたのは燃料電池の話なのです。ウクライナで某車の水素タンクをプラスチック爆弾で覆ってキノコ雲作った件あったでしょう。
核融合させなくても、こんな簡単な方法でTNT162kg相当っていうんだから。(あまり報道されませんでしたよね。高度な政治判断、経済判断があったんでしょうね)
で、かなり昔の燃料電池関係の話をしようと思って書庫の本を探したんだけど見つからなくて。もしかしたら20年以上前の書籍だったのかなぁ。
人類の暮らしを良くする為の技術が殺戮に使われるのは、哀しい事ですね。鉄人28号ではありませんが、使う人間次第。
大勢の人が平和な未来を強く信じる事で、集合的無意識が平和を実現してくれるのではないか?なんて思ってみる今日この頃です。