俺たちは天使じゃない(1989)のレビュー・感想・評価
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神とは何か?
最初に2つ語る
1つ… 大昔の名画のリメイクだが、私は昔のオリジナルを見てない
2つ… 私は、クリスチャンではない
その上で語るが、主役2人は殺人を犯してはいないモノの、極悪人で
逃亡者である
それが、偶然に偽の神父になりすまし、更生をしていく物語なのだが、
やはり話に無理がある
ラストの演説も、今に見てみると何か綺麗事なだけの言葉にも聞こえる…
しかしながら「神とは何か?」「人が更生するとは何か?」という事を
問いただすに、哲学的な説教を使わず、若者向けのエンタティメントに
作り上げた点は、評価に値する
この評価を書いている2025年3月は、ちょうど30年前に
あの忌まわしきオウム真理教の「地下鉄サリン事件」が起きた時…
さらに昨年の正月は「能登大地震」が発生…
元日という、日本で一番おめでたい日に、災害は容赦なく
襲ってくる…
よく日本は、賽銭箱に10円玉を投げて多くを願う「自販機型・宗教」
とも言われる
しかし、終わりの無い暗い時代が続く中「神」「宗教」「天の御加護」
という物を、今一度に総括する時期に来ているかもしれない
先に上げた様な、新たなカルト団体が発生しかねない世の中
「宗教は危険」だから、腫れ物に触らぬよう「遠ざける」のではなく
「宗教は危険」だからこそ「学び考える」ことの重要性を感じる
映画は2回目観る方が1回目より面白くなる?!
超久しぶりに観たのでストーリーもうろ覚え。ましてデミ・ムーアが出ていたとは知らんかった!
コメディなんだけれどサスペンス感バキバキでドキドキシーンの連続です。
ショーン・ペンが演説するシーンがあるのだがどことなく抜けていて漫才でいうぼけ担当なのだが見事な演説をする。
いつの間に成長したんと違和感が若干あったが許せる範囲でした。
もちろんコメディシーンもあってキリスト像を笑いに盛り込むなんてなかなかの演出でした。
聾唖の子供が河にほおりだされ其れを勇気を出してデニーロが滝に飛び込み助ける。その少女が初めてしゃべれるという感動のシーンなんだけれどしゃべった言葉が最悪。
このあたりもうまいなあ。
ラストはそれぞれの道を歩くことになるがハッピー感満載でした。
ロバート・デニーロを好きになったきっかけの作品です。
レビュー評価が低いのが残念かなあ・・・
昭和の人間にはこんな映画が響くんですわあ
一言「掘り出し物」。
ダブルミーニングの滑稽さ
最初、1935年、カナダの国境近くにある、深刻な罪状の人々の州の監獄と出るから、こんなコメディだとは思わなかった。ネッド(ロバート・デ・ニーロ)とジム(ショーン・ペン)は片田舎のルター派の教会の催しに招かれた神父と間違えられる。このコメディで一番、面白く印象に残ったシーンは
ダブルミーニング、ほのめかし、掛け言葉、とか言われる表現で一つの修辞法である。(下記に意味を掲載した)この表現法でこのコメディをより面白くしている。それに、韻も踏んでいる。
ダブルミーニングの顕著なのは、ジムであるブラウン神父が、プロセッションというルター派の儀式で説教しなければならなかったところだ。この説教はクジに当たり、抜き打ちだったため、準備は何もしていないし、ましてやジムは神父ではない。しかし、聴衆は著名な作家でもあるブラウン神父だと思っている。そこでの説教だが、聖書を開き、何か言おうとするが、目に入ったものは、店にタダで置いてあって持ってきたチラシ。
彼はこれを読み始める。
『一人だと、思ったことがありますか?誰にも頼れないと思ったことが。。。。』 これは、説教の出たしで名文句だと思ってチラシをよく見たら、コルトという銃の宣伝文句。大笑い!!! それから彼は
こう続ける。
『ポケットの中に何を見つけたと思う? 何にも、何にもそこにないんだ』『金を取ることもできる、持っているものも、殴ることもできる』『あらゆることが皆さんに起こる。。。。。』などと。
これはジムの見解で銃の話、自分の過去などを話しているのだ。しかし、イントロの部分から困難な状況に陥っている人の心を惹きつける上等な説教である。うまい!拍手喝采も頷ける。それに、彼は最後に神父の道を歩むようになるし。
既成のものより自分の経験を話すこといかに人々の心を打つかがここでよくわかる。ジムはこの後はストレートに悲しみがある人、神は素晴らしいという人に対して『私は知らない』と言っている。締めくくりに、聖書や神の存在が心に平安を与えるなら信じなさいと。そして、人々は罪があると。
このシーンが最高に良かった。聴衆の心を打ったように私の心にも響いた。
韻をちょっと踏んでいると思われるいい例は:
最後の啞の少女がネッドに救われて、初めて口を開いたところだが、ネットが犯人(Convict)だという。それを通訳が神父のトップに(ホイト・アクストン)伝える。この神父が、生まれ変わって、ルター教徒になったと(Convert)。この流れがかっこいい!
最後の、ネッド(ロバート・デ・ニーロ)とジム(ショーン・ペン)がそれぞれ自分の道を進むところがいいね。ジムはブラウン神父を慕う神父(ジョン・C・ライリー)とローズ(朝の祈り、Lauds)に出られるね。何にもない田舎町の教会を訪れた神父は特別な存在であったから、偽でもブラウン神父を慕う気持ちよくわかるね。これがまたダブルミーニングで、偽でも、嘘でも信じきってしまうというジョン・C・ライリー役の神父で異端宗教を皮肉で表しているのかも??
ジョン・C・ライリーとショーン・ペンの会話が微笑ましかった。
ジムの一生の転機がやってきたね。おめでとう。
ダブルミーニング:
ウィッキーから抜粋、『隠された意味に通じていない人はそれは気付かず、また変だとも思わない(理由はわからないがユーモラスだと気付く人はいるかも知れない)。ほのめかしは、隠された言外の意味をわからない人には不快感を与えないため、子供たちが目にするシチュエーション・コメディなどの喜劇でも広く使われている。』
二人の罪状は??
ショーン・ペンが可愛らしい
ショーン・ペンって、こんなに可愛らしかったのか?
というくらいのトボケた役を上手く演じてる。
やっぱこの人は俳優としての才能がずば抜けていると感じた。
一方、デ・ニーロは、少々オーバーアクト気味で鼻に付いた。
オリジナルを観てないので比較は出来ないが、
リメイクとしては可もなく不可もなくという感じ。
物語としてちょっと盛り上がりに欠けるかな?
監督はまだ「クライング・ゲーム」を撮る前のニール・ジョーダン。
デミ・ムーアも出てます。
名優によるコメディと意外な緊迫感
友人からDVDを借り鑑賞。
若きロバートデニーロとショーンペンのダブル主演。映画で二人を見るのは初めてだったりします。
オーバーなリアクションと顔芸が笑えるデニーロ、終始オドオドした優しげな雰囲気のペン、名優たちのヘタレな演技が見ものです。
脱獄から、神父になりかわり国境を越えるというのが物語の大筋ですが、いつ捕まるのか!?いつバレてしまうのか!?といった謎の緊迫感がありました。追われている時のBGMも少なかったのも理由かな。
バレそうになった時も機転をきかせて…というより勝手に周りが深読みしてうまく切り抜けていくところは思わずふふっとなるコメディ感がありますね。
内容は簡単で明確で、とても観やすい映画だと思います。
ーーーーーー以下ネタバレーーーーーー
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哀愁漂いつつも爽やかなエンディングで満足です。ショーンペンの徐々に自信に満ち溢れていく演説も好きです。あんだけ啖呵切ってたデミムーアが感涙したのはちょっと違和感ありましたけど。
主演2人の罪状はなんだっんだろうか。銃や服をくすねたり、酒や女だとか言ってたので何となくは察することができるんですけどね(作中で言及されてたら申し訳ない)
あとは本物の神父。どこ行っちゃったの??まさか本当に森の中で襲われて?なんて。
絶大な神父の威力
ニセ神父がスピーチ
キャストのよいところをつまむ映画
キャスティングに惹かれる人が多いと思われる作品。内容のほうも無難だし安心してみれる。
リメイクとのことだが元は知らない。
脱走囚が国境越えを目指す、という軸があって、そこに国境の村の教会という点を付加した展開。それらの相容れないような組み合わせが、ドタバタ劇を誘発する、という仕組み。
あとは、おおざっぱに言うと、キャストのよいところをつまむ映画、と思います。
マリア像の描写がよい
間違うから人間なんだ
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