俺たちは天使じゃない(1989)のレビュー・感想・評価
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一言「掘り出し物」。
1989年製作とずいぶん昔で、とにかく出演者が若い。
偶然脱獄しちゃった囚人2人が、逃走先で起こすあれこれ。
なおかつ偶然で、神父に間違われる。
それだけ。
シンプルだけど、いつその素顔がバレるのか。
ヒヤヒヤ感満載、でもコメディチックな100分間。
デ・ニーロはいつもの「ちょいワル」キャラだけど。
ショーン・ペンが、だんだん宗教的に改心していくのか?。
な意外な役(狂気役多いし)が新鮮。
外国の宗教的考えが、随所に出ている。
その辺がちょっとうるっとしたり。
ポップコーン映画かな、と思ったら面白かった。
⭐️今日のマーカーワード⭐️
「神はお許しになる」
ダブルミーニングの滑稽さ
最初、1935年、カナダの国境近くにある、深刻な罪状の人々の州の監獄と出るから、こんなコメディだとは思わなかった。ネッド(ロバート・デ・ニーロ)とジム(ショーン・ペン)は片田舎のルター派の教会の催しに招かれた神父と間違えられる。このコメディで一番、面白く印象に残ったシーンは
ダブルミーニング、ほのめかし、掛け言葉、とか言われる表現で一つの修辞法である。(下記に意味を掲載した)この表現法でこのコメディをより面白くしている。それに、韻も踏んでいる。
ダブルミーニングの顕著なのは、ジムであるブラウン神父が、プロセッションというルター派の儀式で説教しなければならなかったところだ。この説教はクジに当たり、抜き打ちだったため、準備は何もしていないし、ましてやジムは神父ではない。しかし、聴衆は著名な作家でもあるブラウン神父だと思っている。そこでの説教だが、聖書を開き、何か言おうとするが、目に入ったものは、店にタダで置いてあって持ってきたチラシ。
彼はこれを読み始める。
『一人だと、思ったことがありますか?誰にも頼れないと思ったことが。。。。』 これは、説教の出たしで名文句だと思ってチラシをよく見たら、コルトという銃の宣伝文句。大笑い!!! それから彼は
こう続ける。
『ポケットの中に何を見つけたと思う? 何にも、何にもそこにないんだ』『金を取ることもできる、持っているものも、殴ることもできる』『あらゆることが皆さんに起こる。。。。。』などと。
これはジムの見解で銃の話、自分の過去などを話しているのだ。しかし、イントロの部分から困難な状況に陥っている人の心を惹きつける上等な説教である。うまい!拍手喝采も頷ける。それに、彼は最後に神父の道を歩むようになるし。
既成のものより自分の経験を話すこといかに人々の心を打つかがここでよくわかる。ジムはこの後はストレートに悲しみがある人、神は素晴らしいという人に対して『私は知らない』と言っている。締めくくりに、聖書や神の存在が心に平安を与えるなら信じなさいと。そして、人々は罪があると。
このシーンが最高に良かった。聴衆の心を打ったように私の心にも響いた。
韻をちょっと踏んでいると思われるいい例は:
最後の啞の少女がネッドに救われて、初めて口を開いたところだが、ネットが犯人(Convict)だという。それを通訳が神父のトップに(ホイト・アクストン)伝える。この神父が、生まれ変わって、ルター教徒になったと(Convert)。この流れがかっこいい!
最後の、ネッド(ロバート・デ・ニーロ)とジム(ショーン・ペン)がそれぞれ自分の道を進むところがいいね。ジムはブラウン神父を慕う神父(ジョン・C・ライリー)とローズ(朝の祈り、Lauds)に出られるね。何にもない田舎町の教会を訪れた神父は特別な存在であったから、偽でもブラウン神父を慕う気持ちよくわかるね。これがまたダブルミーニングで、偽でも、嘘でも信じきってしまうというジョン・C・ライリー役の神父で異端宗教を皮肉で表しているのかも??
ジョン・C・ライリーとショーン・ペンの会話が微笑ましかった。
ジムの一生の転機がやってきたね。おめでとう。
ダブルミーニング:
ウィッキーから抜粋、『隠された意味に通じていない人はそれは気付かず、また変だとも思わない(理由はわからないがユーモラスだと気付く人はいるかも知れない)。ほのめかしは、隠された言外の意味をわからない人には不快感を与えないため、子供たちが目にするシチュエーション・コメディなどの喜劇でも広く使われている。』
二人の罪状は??
序盤のデミ・ムーアによるサービスショット、デ・ニーロのコメディアンぶりが大袈裟に思える表情で力み過ぎにも、反して力の抜いた天然さが良い感じのショーン・ペン、そんな彼を慕うジョン・C・ライリーの好演が印象に残る。
デ・ニーロとショーン・ペンによる初共演作が犯罪映画やギャング物にはならず、大味なコメディ映画になってしまったのは少し残念でありながらも、二人を同じ画面で観れるのが今では贅沢な訳で、それだけで有り難い。
ショーン・ペンが可愛らしい
ショーン・ペンって、こんなに可愛らしかったのか?
というくらいのトボケた役を上手く演じてる。
やっぱこの人は俳優としての才能がずば抜けていると感じた。
一方、デ・ニーロは、少々オーバーアクト気味で鼻に付いた。
オリジナルを観てないので比較は出来ないが、
リメイクとしては可もなく不可もなくという感じ。
物語としてちょっと盛り上がりに欠けるかな?
監督はまだ「クライング・ゲーム」を撮る前のニール・ジョーダン。
デミ・ムーアも出てます。
名優によるコメディと意外な緊迫感
友人からDVDを借り鑑賞。
若きロバートデニーロとショーンペンのダブル主演。映画で二人を見るのは初めてだったりします。
オーバーなリアクションと顔芸が笑えるデニーロ、終始オドオドした優しげな雰囲気のペン、名優たちのヘタレな演技が見ものです。
脱獄から、神父になりかわり国境を越えるというのが物語の大筋ですが、いつ捕まるのか!?いつバレてしまうのか!?といった謎の緊迫感がありました。追われている時のBGMも少なかったのも理由かな。
バレそうになった時も機転をきかせて…というより勝手に周りが深読みしてうまく切り抜けていくところは思わずふふっとなるコメディ感がありますね。
内容は簡単で明確で、とても観やすい映画だと思います。
ーーーーーー以下ネタバレーーーーーー
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哀愁漂いつつも爽やかなエンディングで満足です。ショーンペンの徐々に自信に満ち溢れていく演説も好きです。あんだけ啖呵切ってたデミムーアが感涙したのはちょっと違和感ありましたけど。
主演2人の罪状はなんだっんだろうか。銃や服をくすねたり、酒や女だとか言ってたので何となくは察することができるんですけどね(作中で言及されてたら申し訳ない)
あとは本物の神父。どこ行っちゃったの??まさか本当に森の中で襲われて?なんて。
絶大な神父の威力
ロバートデニーロ扮するネッドは、州刑務所に収監されていたが、他の囚人が処刑される時に立ち会わされた際に共に脱獄し、逃げる時に神父を装った。たまたま町は祭りで神父がたくさん来ていた。ロバートデニーロのコメディは珍しいんじゃないかな。やっぱり日本と違って神父の威力は絶大だね。
ニセ神父がスピーチ
期待せず観たが、ハラハラしたし、ラストも、境界に残るジムと、
愛する女性とカナダに行くネッドの別れが清々しくてよかった。
デニーロはオーバーな演技だったが、当然故意だろう。
ショーンペン扮するジムは、根は素直で、そんな彼はキリスト教に出会い、
心が開かれた。そこも名護まされる。
キャストのよいところをつまむ映画
キャスティングに惹かれる人が多いと思われる作品。内容のほうも無難だし安心してみれる。
リメイクとのことだが元は知らない。
脱走囚が国境越えを目指す、という軸があって、そこに国境の村の教会という点を付加した展開。それらの相容れないような組み合わせが、ドタバタ劇を誘発する、という仕組み。
あとは、おおざっぱに言うと、キャストのよいところをつまむ映画、と思います。
マリア像の描写がよい
個人評価:3.3
今の役柄とは大きく違う、ショーン・ペンの演技がとてもよい。
デ・ニーロとの共演も見所の1つ。
よくある脚本で目新しさは無いが、最後のマリア像と橋から落ちるシーンは大変リアルに描かれており、奇跡を目撃したような気分になる。
こういった奇跡の積み重ねの史実で、今の信仰心なども維持されているのだろうか。
間違うから人間なんだ
脱獄するときから終始二人三脚で逃げる主演二人のコンビネーションが抜群に良い。
どちらも脱獄犯なのだけどどこか憎めないところがあり、最後にはどうか捕まらないでくれと願いながら見ていた。
「間違うから人間なんだ」という台詞。皮肉も入ってたぶん笑うとこだろうけど、とても印象に残った。説教を聞かねば。
キリスト教のネタがいくつも出てくるが、知識があってもなくても笑えます。
大好きな映画
コメディーだけど、感動もする。
脱獄囚が神父に化けて、どうにかこうにか警察の追っ手をやりすごしているのがホントに面白い。
神父として過ごすなかでの周囲との交流や心境の変化も、あたたかみのある展開でとてもいい。人間ドラマとコメディーがうまく融合した映画だと思う。
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