エイリアン2のレビュー・感想・評価
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ホラー映画からアクション映画へ
1のほうがホラー要素が強く怖かったですが、2のほうはホラー要素よりもアクション要素が多く観ていてテンションがあがります。
好みは分かれると思いますが僕はアクション要素が多い2のほうが好きです。1では主人公ただひとりしか助からなかったのに対し、2は4人も助かったのも良かった。特に移住民の唯一の生き残りの少女が助かって良かったです。
生き残るための戦い
エイリアンを葬ったシガニーウィーバー扮するリプリーは、冷凍催眠状態で救出されたが57年経っていた。しかし、会社からは宇宙船を爆破させた事を責められた。リプリーは説明に努めたが聞き入れられなかった。しかもLV426と名付けらるたあの惑星は植民地化されていた。ところが、LV426と連絡が途絶えたのでリプリーに航海士に戻って欲しいと依頼が来たので殺す事が目的ならと引き受けた。海兵隊に同行した。現地にはキャリーヘン扮するレベッカニュートと言う少女が生き残っていた。そして地球外生命体は無数にいた。果たしてリプリーたちは無事に戻れるのか? 前作にも増して迫力あったね。単に気味悪いだけじゃなくてシガニーウィーバーが頼もしく、生き残る勇気を感じたよ。
面白いのには間違いないが… リプリー、強すぎないか?今回は下着姿に...
リプリーは連絡が途絶えたあるコロニーを調査しに行くように請われた。 エイリアンに対する恐怖がトラウマになっているリプリーは絶対に行かないと固辞するのだが、最終的に義務感と使命感から承諾してしまう。
NHK-BSで映画「エイリアン2」を見た。
1986年製作/136分/アメリカ
原題:Aliens
劇場公開日 1986年8月30日
昨日の夜に1作目「エイリアン」をNHK-BSで放送していたのだが、見る時間的余裕が無かった。
無理してでも見ればよかったと今になって後悔している。
主演はシガニー・ウィーバー37才
ジェームズ・キャメロン監督32才
1作目「エイリアン」でたったひとり生き残ったリプリー(シガニー・ウィーバー)だが、催眠カプセルの中で57年間宇宙を漂流した後に捜索隊によって発見され宇宙ステーションに帰還する。
リプリーは連絡が途絶えたあるコロニーを調査しに行くように請われた。
エイリアンに対する恐怖がトラウマになっているリプリーは絶対に行かないと固辞するのだが、最終的に義務感と使命感から承諾してしまう。
コロニーはエイリアンたちの巣になっていて、十数人から成る海兵隊部隊はリプリーとひとりを残して再度全滅してしまう。
満足度は5点満点で4点☆☆☆☆です。
クリエイティブスタンス
エイリアン2は二作目のジンクスを覆す傑作でしたが、そのコピーが「今度は戦争だ」でした。一般に、続編は、上回ることを期待されながら、上回ることが難しい挑戦です。しかし、エンターテインメントとして課せられる柳の下の泥鰌でもあります。
よって、「今度は戦争だ」は、物量を増加させざるを得ない二作目以降の宿命を、端的に表わしている、象徴的なコピーと言えます。すなわち、ほとんどの映画の続編たちに「今度は戦争だ」が使えるはずです。アクションだけでなく、オーシャンズやホームアローンでも大丈夫だと思います。
ただアバターのように、もともと物量が多かった映画には「今度は戦争だ」が使えません。またマッドマックスやブレードランナーのように、月日が隔たり過ぎている映画にも使えません。またキングコングや猿の惑星には、続編よりも刷新の意味があるはずです。
昔の安達祐実の映画「家なき子」も同じコピー「今度は戦争だ」だったようですが、テレビから映画への移行として「今度は戦争だ」が使われています。今度には「前回があっての今回」の意味があり、それがPRを成立させています。即ち「今度」が、前作を見ている人を対象にしているのは、言うまでもありません。
染之助染太郎という伝統演芸「太神楽」のコンビがおりました。お二人とも亡くなってしまいましたが、90年代にはしょっちゅうテレビで見かけた人気芸人でした。世代によっては全く説明の必要がありませんが、おめでたい席に必ず「おめでとうございます」と明るく叫びながら登場し、諧謔的な身ぶりで、和傘の上の鞠を回します。
ほとんどそれだけですが、場は確実に盛り上がります。お決まりで「いつもより余計に回しております」と言い、さらに場が盛り上がります。究極の王道芸でした。
映画の二作目以降が「今度は戦争だ」のキャッチコピーで伝えたいのは「前回よりもスゴいから見てね」ということに他なりません。ただ、それが「いつもより余計に回しております」の聞こえを持ってしまうのは、免れないところがあります。
師匠が「いつもより余計に回しております」と言えば必定の笑いにつながったのは、見る側に「余計に回しているから、だからなんなの?」という気持ちがあったからです。いわば無芸が、絶対的な強みでした。すなわち、和傘の上で鞠が回ったからとて、そんな素人芸のようなものを、見せられたからとて、いったい何がスゴいのか──という嘲弄が、笑いにつながっていたのです。
畢竟「今度は戦争だ」を「だからなんなの」と捉えてしまうなら、元も子もないわけです。そしてほとんどのばあい、じっさい元も子もないコピーと言わざるを得ません。
予算も増えより派手により過激に「余計に回」さなければならないのですが「余計に回し」ても、前回を超えられるとは限りません。それを、いちばんよく知っているのは観衆なのです。
現代社会において「今度」が期待よりも脱力を提供していることを、わたしたちは意外によく知っています。前回を知らないばあい、またターミネーターか13金のごとく繰り返しが繁多で、どれに対しての「今度」なのか解らないばあい、また「だからなんなの」と捉えるとき、「今度」は揶揄または自嘲として──しか機能しません。
たとえば政治の世界に置換するなら「今度は昭恵夫人の二万円だ」という感じでも使えます。
かれらが日がな、瑣末時にかかずりあっているおかげで、わたしは瑣末な映画レビューを投稿することにためらいを感じません。
転じて、政府批判をしたいわけではありません。わたしはそんな玉ではありません。永久に蝸牛角上の争いを続けてほしいと本気で願っています。
それほど親しくない相手に「またこんど」と挨拶するときがあります。場合によっては二度と会わない予定の人に対しても「またこんど」を使うときもあります。「今度」には次回を曖昧にする作用があります。おたがいに懲りていないことを「こんど」に託しつつ、もう嫌だなという気持ちで「またこんど」と別れます。これはたんに日本語の不誠実さを表わしているに過ぎず、複雑な心象でもなければ、わび/さびでもありません。
会社に、私より二回り年下で仲のいいアルバイトがいます。ちなみにわたしはほぼ50です。
彼はライアンゴズリングを知っており、ブレードランナー2049を見ていました。それだけでも驚きました。総じて若い人は映画を見ないものですから。
「むかしのブレードランナーは見た?」と聞いたら「え、あったんですか」とのこと。
ですが、2049も「僕にはだめでした」とのことで、過去作の説明も、へえという感じでした。
わたしは得意気に話したことを後悔しました。
わたしは自分がいたずらに年を食っていることを知っています。ブレードランナー、あるいはマッドマックスの前作を知っていたとして、いったいそれがどんな矜持になると言うのでしょう。
新しい世代には、その世代なりのとらえ方があります。今の人には今作こそ原体験であって、過去作を引き合いに語るのは下世話なことです。
「じゃあ今度見ときますよ」とは言ったものの、直感的に「あ、こいつぜったい見ないな」と感じました。「今度」ほど信用ならない未来はありません。
わたしたちがエイリアン2で知った、もっとも大事なことは、洋画が、ジンクスを覆してくるということです。手垢のついた素材を、ブラッシュアップしてくるという底力です。たとえばヒースレジャーのジョーカーを見るまで、いったい誰がアメコミのヒールに魂入れした意匠を見られると、予想したでしょう。
われわれは水戸黄門か大門未知子のごとく、なん度でも同じことを繰り返す「Productive Stance」しか知りませんでした。連続するものに「Creative Stance」があるなんて知らなかったのです。エイリアン2はそのパラダイムシフトの先鋒でした。
海兵隊のアホ
イギリス映画誌【史上最高の続編映画】
ハリウッド式エンターテインメントのお手本の様な作品。
凶暴な異星人との闘いを描く『エイリアン』シリーズの第2作。
ノストロモ号唯一の生存者リプリーは、脱出艇で宇宙を彷徨っていたところを救出されるが、ハイパースリープしている間に57年もの時間が経っていた。
エイリアンのトラウマに苦しんでいたリプリーは、自らの過去に決着をつけるため、エイリアンの調査に向かう海兵隊達と行動を共にする…。
監督は前作のリドリー・スコットから、『ターミネーター』や『ランボー/怒りの脱出』(脚本のみ)などで注目されていた、後のオスカー監督ジェームズ・キャメロンへと交代。脚本も担当している。
第59回 アカデミー賞において、視覚効果賞と音響編集賞の二冠を達成❗️
前作は密閉空間でエイリアンがジワジワと迫ってくる様なホラー的な要素が強い作品だったが、本作では作品の方向性が変更されており、よりアクション映画的な趣きが強くなっている。
今作において前作の主人公リプリーと共に闘うのは屈強な海兵隊の隊員たち。
軽口を言い合い「HAHAHA!」と笑い合う様な、現代から見ると少々テンプレート的なキャラクターとして描かれている。
彼らの装備はカッコ良いのだが、各キャラクターの個性がイマイチ立っていない様に感じる。
短髪の女兵士とアンドロイド以外正直区別がつかなかった。
エイリアンが登場してからは正にジェットコースターの様な手に汗握る展開が続き、かなり興奮したのだが、エイリアンとエンカウントするまでは正直かなり退屈。
エイリアンが海兵隊員たちを蹂躙していくという展開は分かっているのだから、もっと早くアクションに移行すれば良いのに。
前半は睡魔と戦いながら鑑賞していました。
映像やエイリアンの造形は前作から大幅に成長。30年以上前の作品とは思えない迫力とリアリティがあります。
また、ホラー要素が薄くなったとはいえ、やはり突如襲いくるエイリアンにはかなりドキッとさせられます。
ジェームズ・キャメロンらしい王道のエンターテインメント作品に仕上がっており、今に至るまで語り継がれているのも納得。
ただ、個人的には『1』の方が綺麗に纏まっており個々のキャラクターが立っている様に感じました。
『1』派か『2』派かで答えるなら、自分は『1』派です😅
今度は戦争だ!
キャッチコピーからもエイリアンとの真っ向勝負を想像させられた私の期待に十二分に答えてくれた本作品。
前作『エイリアン』の予告編をテレビで見てからあまりの怖さに観るのを避けていた。ところがうっかり地上波で『エイリアン』を見てしまい、あの恐ろしさの虜に(笑)
公開当時は気負い込んで少ないバイト代を握って映画館に何回も『エイリアン2』を観に行ったのが懐かしい。サウンドトラックまで買って聴いていたので未だに地上波テレビのBGMに流れていると「エイリアンだなぁ…」と思うほどに一時エイリアンに毒されていた。
改めて観ると第2作目としてオーソドックスな作りで、未だにショックから立ち直れない浦島太郎なリプリーの復活物語。
旅のお供にハイパーダイン社製のアンドロイドのビショップやショットガンを愛用するヒックスなど顔ぶれだけでもニヤリとしてしまう。キャメロンだけに『ターミネーター』の出演者多いなぁ(笑)
更にスマートガンの射手バスケスやドレイクたちの荒々しさには憧れすら感じる(笑)
バスケス役のJ・ゴールドスタインは『ターミネーター2』にも出演してたし(笑)
作中で不馴れな指揮官ゴーマンの判断ミスでエポーン軍曹たちが非業の最期を遂げるエイリアン奇襲シーンは最新兵器をもってしても容易でない怪物を印象付けてくれる。
勿論、卵もフェイスハガーもちゃんと出てくるし、エイリアン本来の生理的な嫌悪感も伝えてくれる。
ラストはクイーンまで登場し、エイリアンクイーンと母親(擬似的なニュートの母)対決まで発展、当時の私の中ではアクションホラー作品としてこれ以上の作品はないと思ったほど。
映像的なアラは最近の作品と比べると厳しいが、内容は劣らないので、観てない人は観てください。
かっこいいアネゴ祭り!!
エイリアン1作目はホラー、2作目は戦争映画とのことで、2の方が怖さが少なくて私的にはこっちの方が好き!
生き残った少女ニュートを必死で守るリプリー。
子供が絡んでくると、物語の緊張感が倍増しますね。
そして、バスケス上等兵!
めっちゃかっこいいんですけど!!
男顔負け!というか、男よりも男の中の男なバスケスねーさん!
親友ドレイクとのやりとりが好きなのに、エイリアンとの戦い開始早々ドレイク死んじゃうからすごく残念でした。
バスケスねーさんの死に際も最高に男前。
エイリアンの頭を足蹴に銃をぶっ放す姿にしびれました!
リプリーがパワードスーツで、マザーエイリアンに立ち向かう姿は、本当に勇敢でかっこいい。
ニュートは身を呈して自分を守ってくれるリプリーに、最後思わずママって言ってしまうほど。
ジェイムズキャメロンの映画って強い女の人わんさか出てくるよね。
とにかくシリーズ最高傑作と呼ばれるのも納得の傑作です。
完璧な続編の見本
エイリアン・シリーズ第2作。
Blu-rayで鑑賞(吹替)。
DVDの完全版ばかり観ていたが、どちらも観られると云うことでブルーレイを購入し、初めて劇場公開版を観た。
これまでは、「日曜洋画劇場」で放送されたズタズタにカットされたものしか知らなかったので、感無量である。
セントリー銃を換気ダクトに設置してエイリアンの群れを追い払うくだりが追加シーンだったことに驚かされた。
前作のホラー全開から一転、超弩級バトル・アクションに仕立て上げたジェームズ・キャメロン監督の手腕がすごい。
監督のミリタリー・マニアならではのこだわりが炸裂。銃火器をこれでもかと使用し、火薬量が前作の比では無い。
リプリーの勇ましさにも磨きが掛かり、恐怖を乗り越えるために再び恐怖と対決する構図は続編として安定の順当さだ。
襲い掛かるエイリアンの群れとの戦闘は「今度は戦争だ」のキャッチコピーに恥じぬ迫力で、手に汗握って興奮した。
母性対母性の決戦はハラハラ・ドキドキの緊迫感と互いの必死さが戦いを最大限に盛り上げており、演出の妙が光る。
完全版のレビューにも書いたが、本作は「史上最高の続編」の称号に相応しい完成度だなと思った。何度観ても面白いと感じるのは、それこそ名作の証以外の何物でもないだろう。
※修正(2024/09/08)
シリーズ最高傑作
エイリアンシリーズの最高傑作、久々に再鑑賞。
続編なのに凄すぎて一作目がプロローグに思えてしまう。1の原題が Alien、2がAliens、一匹でも怖いのに群れをなしたら・・。
全ての出来事がクライマックスに収れんしてゆく、「手伝おうか、私運搬ロボットの免許持ってるから」のなにげないセリフが伏線だったとは。種は違っても母性の闘い、光線銃やミサイルでなく肉弾戦は血が騒ぐ、一見普通のおばさんが見事に化ける面白さ、女王エイリアンの大きさも絶妙だ。SFマニアでなくとも単純明快に察しがつき、ハラハラ・ドキドキさせてくれるヒッチコックばりの展開はエンターテインメントのお手本でしょう。
1作目と2作目、甲乙つけがたい。
SF戦闘映画となったエイリアン
前作とは全く異なりモンスター映画となったエイリアン。ジェームス・キャメロン演出によりエイリアンが波のように押し寄せる息をつかせない。自らを過信し、次々にやられて行く兵士達。エイリアンの宿主と成った入植者の数に絶望感が漂う中、一人気を吐くリプリー。パワーローダーとエイリアンクイーンとの闘いは、まさに人とエイリアンの生死を掛けた死闘を見事に表現していた。シリーズを通して、エイリアンを倒すのは宇宙空間に廃棄するしかないというのは一貫してる。
腹部からエイリアンが産まれてくる悪夢を見続けるリプリー。トラウマ...
腹部からエイリアンが産まれてくる悪夢を見続けるリプリー。トラウマを克服するため、エイリアンを殺すために再度宇宙船に乗り込んだのだ。今回は海兵隊の精鋭ばかりの乗員になっていて、アメリカの侵略戦争を想像させる。会社の人間として乗り込んだバーク(ポール・ライザー)も生物兵器として利用しようという企みを持っていて、SF戦争アクションという内容となっている。
アンドロイドの存在、唯一の生存者の少女といったサイドストーリーで飽きさせない手腕は見事。人形が水の中に沈んでいくとき、目を閉じるという細かい演出もあった。そしてエイリアン・クイーンの登場と、前作にもあったカウントダウン・エスケープ。終盤は恐怖と緊張の連続だ。
アンドロイドのビショップ(ランス・ヘンリクセン)は『エイリアンvsプレデター』にも登場だ!
こっち派もアリです
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