「終盤に差し掛かって、目が覚めた」イル・ポスティーノ 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)
終盤に差し掛かって、目が覚めた
主役のマリオを務めた俳優、マッシモ・トロイージが映画化を熱望し、脚本も書いたと言う。しかし前半は、まるでおとぎ話のようで、心は全く動かなかった。何よりも、主役に元気がないことが気になった。ところが、終盤、映画は急に展開する。
マリオのことを最初に「詩人」だと言ったのは、愛する恋女房ベアトリーチェだった。イタリアに亡命し、島に滞在していた詩人であり政治家でもあったチリのパブロ・ネルーダに郵便物を運ぶための臨時の郵便配達人(イル・ポスティーノ)を務めて、彼に署名入りのノートをもらったのに、1行の詩も記すことができなかったマリオは即座に、自分自身を卑下して、詩人ではないと答えた。
しかし、彼の中では、パブロが去った後も、大きな変化が起きていた。マリオは、パブロの詩を読んだ最初から、詩に大きな魅力を感じていた。しかも、詩の意味を直ちに理解して、詩は書いた人のものではなく、必要な人のものだとパブロに告げ、彼を驚かせていた。
確かに、すぐに詩を書けたわけではなかったが、パブロが去って1年が経ち、彼が島に残した荷物を送り返すときになって、詩人としての資質が、吹きこぼれるように立ちあがってきたように思えた。マリオは、パブロが残したものは、島だけが持つ美しさ、島に寄せる波、風、漁師であった父が扱った網、教会の鐘、星空であったと気づき、郵便局長のジョルジョと協力して、それを録音するうち、心の中に詩が芽生えて来るのだった。マリオが、急に輝いて見えた瞬間だった。
映画を見ていて、心惹かれたこと、これまで見たこともないテープレコーダーが出てきた、コンパクト・カセットのように見えたけれど。フィリップスか、ソニーか。
映画を見終わってから、マリオを演じたマッシモ・トロイージは、クランクアップの12時間後、急逝したと知って驚いた。心移植が予定されていたそうだから、治療のない心筋症だろうけれど、それは当時の映画人たちの心に突き刺さったに違いない。