「「いんゆ活動」に笑って泣いた2時間です」イル・ポスティーノ きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
「いんゆ活動」に笑って泣いた2時間です
谷川俊太郎さんが亡くなった。
「芝生」って好きだ。沁みる。
詩人って、どうやって暮らしているんだろう。
郵便配達のマリオも、きっと素朴にそう思ったんだろう。
むかし、新宿の地下道で、
「私の詩集」と書いた札を胸元に持って、動かず語らず、まっすぐ円柱の前に立っている女性を見た。
周りを大勢の人間が川のように流れているのだが、そこに一人だけ動かずに立っている人の影は、目を引く。
一瞬立ち止まり、雑踏の中、その人に近付いて、彼女は何も言わないから僕も言葉無しで「指を1本」差し出して、お金を渡した。
粗末な わら半紙の手製のしおりを彼女の手から受け取ったし、僕はそれを読んだはずなのだが、その中身については何も覚えていない。
ただ、詩人に会ったその夜のことだけが残った。
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「詩」を書いてみたいと思ったマリオは、
詩人パブロ・ネルーダへ配達する「ファンレターの大きな束」と、それを受け取っている「詩人」という人種に興味を持ったわけだ。
近付いて、もじもじと声を掛けるところから、人と人には心の関係が出来るし、交わす言葉は手紙となり、そしていつしか、人は詩になる。
プータローの困ったちゃん、=モラトリアムの息子が、
とにもかくにも無職から脱するために、自転車を押して叩いたのが郵便局のドアだった。
恋を囁くために学ぶ「隠喩」とは?
外国語を習得するためにはラブレターを書くのが最適と云うではないか。
その“必要”を見つけて向学心に燃えたマリオが、誠に可愛らしいのだ。
教えを請うて詩人を訪ねるうちに、彼の人生の扉とコトバのドアも開いてゆくのだ。
・嫌々の就職
・詩人との邂逅
・マニュアル購入
・下心だけでの詩作スタート
・ベアトリーチェへの求愛
・島を出る
マリオと師匠パブロのやり取りの変化が、目を見張らせる。
夢中になって郵便配達人に極意を伝え始めるパブロの背中が踊っている。
弟子マリオの語彙発見のセンスに一瞬驚き、そのマリオから言霊を授けられるシーンに、我々も惹きつけられる。
二人はついに同志の関係になっていた。
そうして
とうとう海辺で、初めて吟ずるマリオの愛の詩をあなたも聞いてくれただろうか・・
あの海の泡から生まれる「詩人の誕生」に、僕はベアトリーチェならずとも、応援していただけに、なんだか感激してしまって、押さえようもなく 涙がこみ上げてくる。
溢れ出すコトバは、その人、そのものなのだ。
映画は冒頭
小さい入江に入ってくるバルケッタ(小舟) の姿、
鳴り出だすアコーディオンとギター。
風の中を走る自転車のシーンから物語は始まった。
主演のマリオはクランクアップのその日に、本当に急死してしまったそうだ。
共演者・スタッフたちが、どんだけ大泣きしただろうかと思う。
イスキアだろうか、カプリだろうか、島の陽光と海がただ眩しい。
桃色の邸宅で、そして波打ち寄せる浜辺で、
僕らも人生を謳って、詩人にならずにいられようか。
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メモ
あの「シネマ・パラディーソ座」のアルフレートに再会できたこと。飛び上がって喜んだ映画ファンは、世界中に大勢いたはずだ。
飲み屋のマンマたちが、またとっても良い!
そして、人間のすべてがしみじみと切なくて温かい。
ビバ・イタリアーナ!
チンザノ買って帰りますね。
ミ・アモーレ、東座の合木社長
いい映画をありがとう♪ 大好き。
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付記、2024.12.2.
感想が止まりません ―
「中央から隔絶された離れ島」という設定は、チリやモスクワやローマでのあの厳しい政治的闘争からは、地理的にも精神的にも遠くに置かれた島の住民たちの「ローカルなストーリー」を成立させるための手法であるかも知れません。
外界からのニュースは、新聞やニュース映画でしか入ってこない彼ら。その彼らにとっては、政治のスローガンは遠い世界でのおはなし。(島民は水道が欲しいだけなのですから)。
しかしラストで一瞬だけ映る残酷な光景・・
「純朴な詩人が大都会ローマ?に出て行って、そこでまさかの死に巻き込まれる」シーンは本当に胸が痛かった。
「詩作」を教えてしまったがために、結果、あろうことかマリオを死なせてしまったチリの政治犯=パブロの、海岸での悔悟と哀惜の表情が、本当に辛い結末でした。
きりんさん、こんにちは。台所の掃除は得意か上手いかわかりませんが好きです。ガスレンジは熱いうちにサッサと拭く。揚げ物料理はしない。その代わり、やけど、指を切ったりなど怪我が多いです
いつもありがとうございます。きりんさんのレビューに、そうね、とか、何をあんたは言ってるのさ!とか、涙と共に読んだり。「夜中に台所で僕は君に話しかけたかった」なんてことを書ける稀なお方です。ひぇーい!Einen guten Rutsch ins neue Jahr! 🇩🇪
Buon capodanno! 🇮🇹
ををを、そうなのですね、なんとお盆が安いとは!
まとめて休みが取れない悲しい勤め人なので、あと数年我慢してリタイアまたはセミリタイアしたら、と夢が広がります!
コメント、ありがとうございます。
良いですね、リタイアしてからでも間に合いますかね、イタリア旅行
詩人は、技巧を学べば、表現が飛躍的に広がるのだな、と思いました。映画のレビューも、語彙が豊富ならそれだけ表現の幅が広がって、言いたいことをより的確に書き表せるなと思いました。感性と理解力、想像力がいのちではありますが。
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Gustavさんの解説は衝撃でした。
劇中で死んだことにされて、実際撮影直後に病死したのはマリオでしたが、史実としては穏やかでお茶目な人物に描かれていた詩人のパブロ・ネルーダ氏が、彼の地元=チリのサンチャゴで殺害されたとのこと。
「サンチャゴに雨が降る」は未鑑賞です。パブロ・ネルーダの死が取り上げられているらしい。
きりんさん、コメントありがとうございます。
記憶が曖昧だった為、VODですが見直してみました。ナポリ沖の小さな島のロケーションと物語が奇麗に溶け込んでいて、一気に観てしまいました。原作者のアントニオ・スカルメタはチリ人で、映画とは違ってイタリアが舞台ではなくチリ国内の物語の様です。主演のマッシオ・トロイージが脚本に加わり、イギリス人のマイケル・ラドフォードを監督に迎えても、イタリア映画らしい作品に仕上がっていますね。チリ映画は観たことがありませんが、映画に夢中だった学生の頃の「サンチャゴに雨が降る」のタイトル名は鮮明に憶えています。調べると1973年のクーデターを題材に、詩人パブロ・ネルーダの葬儀まで扱ったセミ・ドキュメンタリータッチのフランス映画みたいです。学生の頃のチリのイメージは、地震と政治不安でした。きりんさんが指摘されたように、イタリア亡命の事実から創作されたユーモアのある詩的な会話と穏やかな時の流れ、そして自然の音が温もりのある物語にまとまっていますね。それとパブロ・ネダールの経歴を読んで感じたのは、最後の共産党大会の創作が、パブロ・ネダールそのひとの生涯とその死に対するオマージュのように感じてきました。これは映画の隠喩かもしれません。
パブロに出会わなかったらマリオはいい意味でぼーっとしていて、あんな風な最期を迎えなかったかも知れない。でもマリオは詩から力を得たと思います。晴れ晴れと話すことだってできました。妻のベアトリーチェはマリオが作った音のプレゼントをネルーダに送らない。夫の声をずっと聞いていたかったから。それだけで、それだけでいいと思いました。
共感&コメントありがとうございます。
全然口を開いてなかった父も結婚式では・・。マリオは悲劇的な最期でしたが、敵対候補含め島の人達は悪意はなかったですよね。詩人もそういう雰囲気が救いだったんでしょうね。
トミーさん
コメントありがとうございました。
チラッと黒いショットガンが見えたときは、僕は声を出して笑ってしまいました。
狭いあの居酒屋での披露宴の盛り上がりが良かったです。みんな本当にいい人でした。
パブロが去り、主がいなくなった寂しさ。そしてマリオが去り、あの波打ち際での寂しさ。
イタリアものは「感情の寄せ波と引き潮」が観る者の心を揺さぶるんですよね。
ズームの多用もそれかも知れません・・
マリオ役のトロイージは心臓が悪く、シチリアで撮影だとしんどかったらしく(彼はナポリの人)それもあってナポリにずっと近く風光明媚でもあるプロチーダで撮影、ということをこの間、イタリア語の先生から聞きました
撮影地の島はナポリから近い小さな島Procida(プロチーダ)だそうです。イスキアやカプリは外国特にドイツ人観光客が多く、ホテルなども都でもって高いそうです。それに比べると、プロチーダは穴場のようです